終始ミステリアスな雰囲気を醸し出す、そんなマギとのやり取りを終え、レオは再び『楽園』へと出戻っていた。
彼女との会話を経てレオは、彼女に対して優しさ、包容力のような寛容さを感じ取れる態度とは裏腹に、どこまでも冷徹で残酷な一面を隠し持つような、鋭く冷たい視線を放つ。そんな印象を感じ取っていた。
(あの人と話す時のあの妙な緊張感はなんなのだろうか、眼帯の威圧感のせいか?まぁ悪い人ではないんだろうけど……それと、綺麗な人だった......)
相変わらず楽園の中の様子は以前変わりなく、ダラダラと生気を感じさせない人物たちが過ごしている、だがその中でただ一人。
『セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ』だけはレオに待ち焦がれたような熱い眼差しを熱烈として送る。
セツギンはレオに手招きするように「ちょいちょい」と手を振り、例のコタツへと誘う。
「───よぅ戻ってきたのぅ、それでぇーあやつとなんの話をしておったんじゃ~?」
セツギンはそう聞くと、手元の茶を丁寧な所作で啜る。
「……まぁ端的に言うと、ある依頼を受ければ、ここから出してもらえるとのことで……んで、その依頼を引き受けた」
「───なっ!?!?」
セツギンは心底ショックを受けた様子で口を唖然とさせる。
その様子を見たレオは彼女から視線を気まずそうに外す。
「……ほ、ほう?それはまた急な話じゃの……?いきなりやってきたと思うたら今度は急にいなくなってしまうとな……。お主をここにわざわざ寄越した意図が見えてコン、ワシらへの嫌がらせかの」
セツギンは腕を組みながらそう言った。レオはその事に特に気を掛ける事もなく静かに沈黙し続ける、考えてもどうせ分からないと言わんばかりに。
「───ところでぇ〜お主はなにができる奴なんじゃ?」
セツギンはレオに強く関心を寄せ、興味津々な表情でレオにそう問う。
「それは......」
レオは今一度、自分に何が出来るのかを整理するように思考を巡らす。
そしてセツギンに対し、ベルゴリオのソレイスや、アイザックの銃型のソレイスをそれぞれ手の平で顕現させるとそれを披露した。
そしてこれらはオリジナルの複製物であり、今の所は何度も呼び出せること、そしてその能力はオリジナルと遜色がない事を教える。
(そういえば中和剤がないとどんどんとマイナス面に精神が揺らぐはずなんだが……今は安定してるな……なぜだ?)
「ふ~む、ソレイスか。……なんじゃそれだけかぁ?地味じゃの」
「……地味で悪かったな、後はそうだな……。身体を調べたら、どうやら『不死性』がこの身に宿ってるらしくて」
「───ほう、不死性とな?なんじゃお主、死なんのか?」
「どうやらな、何度も試して見た訳じゃないから本当に死なないのかは分からんが」
「ふーむ?」
ギンセツは心底不思議そうな表情で指を頭に当てながら、レオの話を聞き入れる。
「この世に死ななきゃ気づけない事があるなんてな......驚きだよ」
セツギンはレオにどこか懐かしみさを抱くように思い老ける、そして全てに合点がいったのかどこか澄んだ顔つきで虚空を見つめる。
(不死の性質、『保証個体』かの。そしてその複製の力とやら、まさかとは思うが......『皇国』由来か?)
「……まぁよー分かったわ、というかお主。せっかくのソレイス複製の力とやらで出せるのがそれだけっていうのはちと味気が無さすぎるのではないかー?もっと他にあるじゃろ?面白いもんだしんせい」
「───いやそうは言われても......、本当にこれだ……いや、なにか……?引っ掛かるな」
レオは確かに記憶にある限りの物は出したはずだった、しかしその違和感は拭えずに体にこびり付いている。
記憶にないはずの重量や形態を体は記憶しているような、レオはそれの再現に無意識に挑んでいた。
両手を前に何かを支えるかのように差し出す。
すると、あっさりとそれを目の前に顕現させてしまった。
───人の手にはあまり余る巨大なそれは現れた瞬間、質量を得るとレオの手の支えを跳ね除けて机上に落下し、その音を響き渡らせた。
コタツの周りに居た人物たちは、セツギンを含め驚愕した様子でそれに視線を集めていた。
大きな鎌だ、どこかで見たような。
禍々しいという言葉では言い表せない程の壮厳な雰囲気を醸し出す巨大な鎌。
レオは確かにこれを、どこかで目にしたことが確実にあった。
それは徐々に蘇る記憶の片鱗、その末に解明する。
「―――黒滅の四騎士の、つかってた武器......?」
レオはそう囁くと、辺りには時が止まるように沈黙が漂う。
───しかしそれは束の間。
二本の槍を抱くようにコタツでうずくまっていた一人の少女、『イズ・ラフェイル』はそれが現れた瞬間、凄まじい剣幕でレオに対し敵対心を剥き出しにした。
「―――ん......きし......。四騎士......!、四騎士だァァァ!!!四騎士がいるうっっ!!!」
イズ・ラフェイルは突如そう叫ぶと、一心不乱に二本の槍を以てレオを串刺しせんとばかりに急接近する。
レオはそれの余りの速さに反応しきれず、身を無防備に曝け出していたままだった。
しかし、イズ・ラフェイルの行動を逸早く悟ったセツギンは、瞬時に自らの武器。異様な装飾が施された『妖剣』を右手先の虚空から取り出し、コタツから出てレオの前にその身を挺した。
矛先がレオに向かった片方の槍をその妖剣で弾くように防ぐと、もう一方の槍は左手でそれを掴み、鍔迫り合うような状態に陥る。
「───四騎士ー!!!四騎士がなんでいる!!!なぜまだ生きているっっ!!!」
「な、なにを言って......」
レオは庇うセツギンの後ろで気を取られ、状況に理解が追い付かずにいた。
「......おやおやイズよ。なんじゃいきなり物騒じゃの、物言わぬ風してその動揺っぷり......。ワシの知る今までのお主がまるで嘘のような変貌っぷりじゃなー?」
鍔迫り合う中、セツギンはイズ・ラフェイルに対して言葉を投げかけるが、それを聞き入れてる様子はまるでなく、唸りながらその視線は全てレオに注がれ、敵意はレオにのみ向けられていた。
「───ほう、ワシは眼中にないって感じかのう?悪いが聞き分けがない小娘には少し痛い目を見せる必要がありそうじゃの」
セツギンはそう言うと妖剣に、火にも似たただならぬ青紫色のエネルギー体がその剣を燃やすが如く纏うように現れ、辺りを紫の可視光で照らす。
しかしその瞬間、イズ・ラフェイルは急に力が抜けたかのようにその場に膝から崩れ落ちた。
セツギンはイズ・ラフェイルの背後にいつのまにか現れていたエマの姿を捉えると、安堵した様子で妖剣を手中に収める。
エマは剣の柄でイズ・ラフェイルの首裏を打撃し気絶させたようだった。
「ちょっとー、なんなの急に騒がしくしてー珍しいじゃーん?何やったのさーセツギンはさー?」
エマはこの状況に特段驚く様子もなくこの場に現れた。
「知らぬわ、そ奴がいきなりコヤツに襲い掛かったんじゃ。今のいままで抜け殻のような奴じゃったのに、いきなりこんなことをしでかしてくるとは思わなんだわ」
エマはイズ・ラフェイルの視線の先にあった物に目を向ける。
「確かに、イズさんの行動には僕もビックリだ。どうやら……レオ君が持ってたその武器にイズさんは深い思い入れがあるみたいだねー?それって何なのかな?」
エマはレオに問うように投げかける。
「これは、黒滅の四騎士の1人が持っていた武器……のはずだ......」
「あーなるほどね」
「何がなるほどなのじゃ勝手に納得するんじゃない、説明せい」
セツギンはそう言いながら自らの服を軽く整え叩くと、元座っていた位置に再び座りなおした。
「いやぁ、詳しい事はさすがに知らないんだけど、ざっくり言うとイズさんはかつての大戦時、黒滅の四騎士の内の一人と戦って戦死したと言われて、表では死んだ事になってるらしいんどけど、だからまぁこの癇癪はその事絡みなんじゃないかなってねー、因縁?でもあるんじゃなーい、知らないけど」
エマは淡々と軽快なジェスチャーをしながらそう話す。
「はへぇー、何とまぁ未練たらたらの重っ苦しい奴じゃ、また目覚めて暴れたりしなければいいんだがの。ほれ、お主。めんどーになる前にそのよくわからん草刈り鎌を仕舞っておけ」
レオはセツギンにそう言われると、すぐ様に鎌を虚空の中へと収めた。
───この空間の中でこんないざこざが起きても、外の人間が一切踏み込んでこない状況に、レオは不気味さを感じ取っていた。
この中で起きることに、管理する外の人間は関心がないのか、それとも為す術など元よりないから見守る事しかしないのか。
「こんな所で横たわれても迷惑じゃの、さっさとその辺で寝かせてくるのじゃ」
セツギンが誰に向けて放った言葉なのかは分からなかったが、それはセツギンの背後から現れた存在によってすぐに理解させられる事となった。
セツギンの背後が青紫色の炎で急に燃え滾り、そこから燃え続けたような球体が現れる。
その中からはその炎で形作られたかのような工程で、中型サイズの生物が二体その姿を現した。
セツギンから生えている耳によく似たものと同様の耳をしており、また毛並みが非常によく整われていた。
尻尾のような物を複数本生やし、いずれも毛深く暖かそうである。牙があり、口内からはみ出していて鋭く尖っていたが、見た目から来るそのものの愛くるしさから、その恐ろしさは気にならないものとなっている。
それらはレオにとってはまるで見たこのないような生き物であったが、不思議とその存在への抵抗感はまるでなかった。この場で目にするあらゆるものは、既に外の世界の常識で測れないものばかりであり、殆ど驚きといったものに関する感情を失っているとも言える。
その生物たちは、イズ・ラフェイルの元へ駆け寄ると肩部付近の裾の左右をそれぞれが引っ張り合って、そこから運び出すとコタツの外側のスペースに移動させた。
役目を終えたその生物達は、その場で現れた時と同様の様子で、炎で突然燃え上がるとその姿を何処かへと身を隠した。
「これは……セツギンさんのペット的な......?」
「ま、そうじゃな。こやつらは『ヨウコ』と言う。召喚使遣《しょうかんしけん》というやつじゃが……お主には分からんか。そうじゃな、まぁお前達の便利な括りで言うところの異邦生物って奴じゃよ」
「───異邦生物……ここではよく聞く言葉だな」
セツギンは机上に溢れていた茶を袖で丁寧に拭き取ると、袖の部分をまるで浄化するように燃やし、何事もなかったかように茶をまた淹れはじめる。
イズ・ラフェイルが居たコタツのスペースが空くと、そこにエマが滑り込むかのように入り込む。
「ふふーん、ねぇレオくん。興味があるんだったら僕たちの話、少し聞かせてあげようか?」
エマは両手で頬をつきながらレオにそう言った、右も左も分からないレオにとってはこれとない情報を得る機会だ。
「それは......もちろん俺としては有難い話だが......いいのか?部外者にそんな話をして」
「部外者なんてそんなー!僕たちはもうな・か・ま。だよ!色々と打ち解けようーよー!」
エマはそう言って眩しい笑顔をレオに向ける、見た目の全身黒一色模様の装いからは感じ取れないような彼女純粋さが、あらゆる言動や仕草から放たれる。
「……それじゃあ聞かせてくれ」
「おっけー!んーそうだねぇー。じゃあ改めてお部屋メンツのご紹介だねー、さっきの君に殴りかかってた子は『イズ・ラフェイル』だね。そしてさっきから同じコタツに入ってるけど存在感を隠してだらっとしてる子が『イージス・デネレイ』、そして『ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン・コミュバレン』こと僕、そして最後にこのコタツの主こと『セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ』の計四名だよー!」
そう言って彼女は左手の指で四の数を示す。
エマはその後、現在ここに存在するエンプレセス達について丁寧に教えてくれた。
エマの話によれば、まずここ以外にも人外終局と言われるカテゴリを持つエンプレセス達は外にそこそこ居るのだと言う。
そして、そもそも『エンプレセス』とは何なのか。
それはイニシエーター協会の最高評議会たるデュナミス評議会によって独自に判断され、リスト化された存在の事をそう呼んでいるらしいが、厳密な選定基準は不明。まぁ凡そは人類の敵になりうる存在なんじゃないのかとの事だ。
そしてこの施設はデュナミス評議会本庁直下に置かれ、間接的な管理体制にあるとの事。
いざという時には、デュナミス評議会の最高戦力達が直々に対処する為らしいが、エマを含めセツギンも実際に彼らが実際に出動した所を見たことは無いと。
エマは自分たちがどのような経緯でここに訪れたのかについて簡単にだが語ってくれた。
イズ・ラフェイルは、『分極化世界大戦』時に、黒滅の四騎士との戦闘で戦死したと思われていたのだが、時を経て彼女が生存している事がある領域にて確認されたのだという。
発見された場所はギリア領域と呼ばれる卿国アーデバント領内に位置する未踏査領域。
ギリア領域調査隊による発見当時、彼女の体は当時の肉体から一切の劣化なくその肉体は保たれ、例の二本の槍を抱えた状態で地べたで眠りについていた。
その二本の槍はソレイス波紋適合調査によれば彼女元来の武器ではなかったようだが、運ばれた彼女は何に呼応したのか突然覚醒すると、首都をまるごと滅ぼしかねない核分裂にも似た莫大なエネルギーをその槍から放出し始めたのだという。
だがこれは、その槍を彼女から離したことが原因であったようで、彼女の元に槍を戻すことで槍の内なるエネルギーは安定状態となった。
人々の手に負えないと考えたデュナミス評議会は、彼女をエンプレセスとして認定。楽園にて間接的に管理するようになったのだという。
イージス・デネレイ。彼女に関しては通常の共和国イニシエーターとして協会に所属していたようだが、彼女の生み出すソレイスの能力が極めて特異的であるとされ、またその能力も危険性が高いとの事から、忠実に仕えていた戦士であったにも関わらずデュナミス評議会によってここへ連れてこられてしまったのだとか。
それからかまるで外の事象には興味を示さなくなったのだと言う、具体的な力は本人からは聞き出せず、そこはエマですら知らないようだ。
ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン・コミュバレン。エマは卿国育ちの旧剣聖だと言う、百年ほど前のかつては卿国王立機動大隊の筆頭騎士としてその名を轟かせていたらしい。
そしてある時卿国を離れひっそりと傭兵稼業に勤しみ、あの【星屑作戦】にも参加しようとしていたのだと言うが、それをすっぽかした挙句の果てに、どういう訳かマギによって捕まってしまい、ここに連れてこられて今に至るのだと言う。ここを抜け出そうとも考えたが、外より色々と居心地がいいので出る理由がなくなったのだと語った。彼女に関する力については、ぼやかすように口にすることは無かった。
そして最後にセツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ、彼女はマギが語っていた通り自らここに来たのだと言う。理由や目的もエマには分からないようで、またその事もセツギンの口から語られることはなかった。
───そうして話を聞き、何気ないが騒がしすぎる普通の数日を彼女達と過ごし、遂に翌朝。ここから出る事となった。
翌朝。
準備と恰好を整えたレオは、出入口付近で待っているというマギの元へと向かう。
「もう、行くのかの?」
多少寂しそうな声音でレオの背後からセツギンは声をかけてきた。
「あぁ、色々ありがとうなセツギンさん。イズさんに襲われた時も守ってくれたりして、あのまま放っておいても死ぬことはなかったかもしれないが」
「馬鹿言え、あんなことがってせっかくの生男と口も利けんくなったらワシがいたたまれんからのう。ワシのためにした事じゃ」
セツギンは髪をいじりながら恍惚とした表情でそう言う。
「あー、あぁ……。めっちゃからかわれてる……」
「……おや、ほんとにそういう風に感じておるのかの……?」
「こ、この話はここまでにしよう!!!出ていき辛くなる!!!」
「くふふ」
セツギンと軽いやり取りを終えると、そこに寝間着を着たエマが非常に眠たそうな様子で見送りに現れた。
「―――ん、じゃあねレオくん。またどこかで会えるといいね......」
「あぁ、エマさんもありがとうな色々と」
「ん」
エマはふわふわとした口調でそう言い残し、颯爽と別室へと姿を消してしまった。
「それじゃあセツギンさん」
レオは出入口の方へと歩みを向け、セツギンにそう言って振り向く。
「ふむ、達者でのぉ。あっそうじゃ」
セツギンがそう言うとレオは彼女の方に再び振り向く。
「お主、マギには用心するんじゃぞ。長年と色んなやつを見てきたがの、奴は見かけはいいかもしれんが、どこまでも底のしれぬ奴じゃわ」
「あぁ……確かに。気をつけるよ」
セツギンやエマ達とのやり取りを終え、セツギンは最後まで彼の背を見送った。
何重の層にもなっている出口付近で待機していた兵士たちにレオは連れられ、屋外テラスへと向かった。
そこで珈琲を片手に、壮大な街並みを嗜む眼帯をした女性が座っていた。
旭光が差し込みその女性のシルエットを幻想的に演出させる、やがてその女性はレオの存在に気づくとその洒落た椅子から立ち上がる。
「来ましたね、じゃあ行こうか」
レオはマギと会い、待機中のレイシア隊と合流すべく、彼女達が居るというセーフハウスへと共に足を運んだ。