「―――あぁ......、クソっ……。ひどい頭痛と耳鳴りだ……。まるで塹壕陣地みてぇな体のコンディションだよ……。てか……ここは......どこだよ」
極めて不愉快な倦怠感からの目覚めに、レオは唸り声を上げながら上体を起こした。徐々にその目に自然光とは異なる鋭い光がその瞳刺し込み始める、やがてその視界には周囲の景色が晴れて映し出された。
ドーム状に高い天井。その円状に張り巡らされた見覚えのある機械設備。
それは確か、レジスタンスの地下要塞にあった幽閉施設の時の物と酷似している。
一瞬、地下要塞に運び込まれて帰還したのかと思ったが、その後にやってきたとある感触によって、その思考は閉ざされた。
下半身には何やら暖かい感触
まるで布団の中にでもいるかのような居心地の良さ。レオは視線を下半身の方に向けるとそこには机がある。正確には机に布団のような物が被せられており、その布団の中に足を突っ込んだような状態だ。
レオは布団のような机の集合体に下半身を入れた状態で横たわっていたのだ。
そしてその机には、それを取り囲むかのように独特な装い、民族衣装と言った所だろうか。そのような装いをした数人の人物達が居た。何れの人物達もレオと同じような姿勢をした状態で横たわっていたのだ。
レオから見て左側の位置に居るその人物は、その中でも飛び切りに幼い姿をしていたが。
あからさまに異常であった。
何故ならば、その人物は異邦生物のような獣の耳を生やしていたからだ。その耳が僅かな微振動を繰り返す所を見るに、作り物には見えなかった。通常の人間で言うところの耳の部位は髪の毛で隠されてはいるが、恐らくそこに人の耳は存在していないのだろう。
その人物をまじまじと観察していた所、その人物はレオの視線に気づいたかのように、上体を起こして目覚め始めた。
少女の様に儚い様子で、何やらと珍しがる様子で逆に視線をジロジロと返してきた。
「───なんじゃ」
何かの聞き間違いだろうかとレオは思った。幼き声で年老いたような口調のその人物、レオは唖然としていたが、その少女はレオに話しかけてきた。
「───ふーむ、生男か。生男が来るのは珍しいのぉ。ふぅ……お主は外世で一体何をしでかしてからにここにぶち込まれおったんじゃ?」
この状況と光景に、頭の整理が追い付かずにいた。
「───あっ、えっ……と」
レオは上手く発声が出来なかった。
その様子を見た少女は、ニッコリと笑みを浮かべる。
「ゆっくりで良い。ここは楽園じゃ、何も急ぐことはない」
「───ら……らく……えん……?おれは……しんだ……のか?」
レオは徐々に声の調子を取り戻し始めた。
「……あーそういうんじゃなくての。まぁよい……。ところでお主、その戸惑いようの様子を見るに近々の記憶がないと見えるが。そうかの?」
「あっ、あぁ。ここに居る経緯に心当たりがない……」
ゆっくりとそう喋りながら、直近の記憶を探ろうとするレオ。だが、最近の記憶……それどころか最後の時の記憶すら殆ど保持しておらず、それはまるで夢だったかのようにあやふやのものであった。
「……まじか。何も思い出せない」
レオはそう言うと、ふと視線をその少女の頭部に移す。
「───ところで......」
「なんじゃー」
その少女は体を机に少し登らせ、レオの方へと前のめりになる。
「その頭に付けてる獣か何かの耳みたいな奴、それヘアバンド的なやつか......?」
その少女はそう言れると、特に話すこともなくその獣の耳をレオへと近づける。
「───確かめて見ると良い」
「……えーとじゃあ、少しだけ......」
レオはその耳に軽く触れると、その耳はピクっと震える。
「本物っぽい......な」
「本物じゃわ。まぁワシのような余所者は珍しかろう。疑うのも無理はない」
その少女はそう言うと、机の上に置かれた湯気の出た飲み物を手に取ってそれを啜った。
「……君は一体......その、何者なんだ?なぜ俺は君達と一緒にこんな所にいるんだ?」
「ふーむ......。そうじゃな、『異邦生物』と言うのを聞いたことぐらいはあるじゃろ?ワシらはその中の一種みたいなもんだと思ってくれればえぇかの」
異邦生物。
確かそれは西側にあるアルデラン卿国領、アーデバント王国の僻地。そこにある特区指定のギリア領域とやらを通じてこの世界にやってくる生き物だと聞いたことはある。
生物兵器として軍事転用されている個体もあるらしいが、実際にそういった兵器は今の所見たことが無い。それ故に、迷信のようなものだと思っていた。
「そしてお主がここに居る理由じゃが、それは知らぬ。お主がここに現れたのは数日前のことじゃが、気づいたらお主が部屋にほっぽり出されておっての。寒かろうと思ってコタツ枠を一つ潰してこの中に入れてやったんじゃ」
その少女はこの集合体を『コタツ』と呼称し、机部分を軽く叩きながらそう言った。
「そう、か......。コタツ......?とりあえず感謝するよ。君のお陰で体がポカポカしている気がする」
レオはこの机に布団を掛けたかのような家具をコタツと呼ぶことを知った。
「──おい、いい加減『君』と呼ぶのはやめんか、そんな歳ではない。少なくともお主よりは長い時を生きておる、敬意をこめんか敬意を。ワシの名は『セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ』と言う。長かろうから『セツギン』で良い」
「えっ、あ。そうでしたか……、すみませんセツギンさん……色々とありがとうございます」
「そこまで急に畏まらんでも良いわ、調子が狂う。名前だけ呼んでくれれば後は好きにせい、それに……、感謝するのはワシの方じゃの」
そう言うとセツギンは、突然レオの体を舐めまわすかのように視線を巡らせた。
「......?それはどういう?」
「───なーに。ここは見ての通り、ある程度のものならなんでも揃う楽園ではあるが、如何せんだっっらしない女だらけのむっっさくるしい環境でのぉ。ワシとしては飽き飽きしていた所だったのじゃ、誰かが来るたび女ばかり。そう言えばお主の一個前の奴も女じゃったわ」
「お、女ばかり!?」
レオはそう言われて血眼な様子で改めてコタツに入った他の二人の人物をしっかり見ると、ちゃんと女性の得体であった。そのどちらもこちらに関心はなく、気力のない様子で、寝っ転がりながら雑誌やらタブレットを眺めながらで菓子類を食べ散らかした痕跡が見て取れる。
レオの反対側に位置する女性は二本の形状の異なる槍を抱きつくように抱えながら横たわり、右側にいる女性は大きく豪勢な装飾が施された盾を傍に置いていた。
「まぁそういう事じゃ、久方ぶりに会う生男、ワシにとってはここ最近至上の保養……いや、幾百年ぶりの癒しなのじゃ......。『マギ』とやらもたまにはいい仕事をする。若くて麗しく、かいらしぃ顔をしとる......」
セツギンはそういうと、徐々にレオとの距離を物理的に埋め始める。
「いや、あの……ちょっと……!!!」
───肩と肩が触れそうになる瞬間、その間に突如として一人の黒い装束を纏った女性が割り込んだ。そうしてレオの席の左側に強引に陣取る。
「───やぁやぁやぁ!!!君が新人さん!?初めまして!!!」
その少女は非常にご機嫌且つ太陽の様に眩しい笑顔でレオとセツギンの間に割り込んだ。
「あの、ちょっと......。狭いのですが......」
「んー?だって仕方ないだろう。他は埋まっちゃってるし、それに彼女たちはおっかないんだー。迂闊に近ずくと殺されちゃうかもしれないから気を付けてね、あ僕は『ブラックエマ―』って言うんだ。フルネームは『ライヴァラリー・ブラックエマ―シェン・コミュバレン』!まぁ馬鹿みたいに長いから『エマ』って呼んでね。元々は西側諸国の旧剣聖なんだよ!!!分かるかな?卿国なんだけど、まぁいいやそれで君はなんて名前なの?」
テンポよく話すエマは、目を輝かせながら興味津々な様子でレオと接していた。
「名前は『レオ・フレイムス』って言うんだが......」
「ほうレオくん!これからよろしくねー!」
エマがそう言いってレオの手を握り激しく上下に振り終えると、セツギンはやれやれと言わんばかりの表情をする。
「───おいエマよ、ワシが先に話しておったんじゃぞ節度を弁えよ。まだ名前もちゃんと聞いておらんかったわ」
「うるさいなぁメロついてんなよー婆さん~、名前なら今聞いたからもういいでしょ。それにそっちこそ節操なさすぎなんだよーキツイよーそういうの!ほらーそんな怖い顔するから彼も引いてるよーやだねーこわいねー!向こうで僕と二人きりでお話ししよっか!若い人は若い人同士でやっぱつるまないといけないよ!!!」
「───お主なぁ......『ライン超え』ってしってるかぁ!!!???」
セツギンはエマの後ろから襲い掛かり、二人は取っ組み合いをする。そしてその光景を目の前にしても、やはり他の二人の女性達は興味どころか反応も示さず。
飲料が飛び散ろうと軽く拭き取る程度で無関心を貫く。
「この小娘......!お主はここで一回分からせておく必要がありそうじゃなぁ!!!」
「望むところだよコスプレおばあちゃん!!!無理して若い子言葉とかしなくていいよーにしてあげるから!!!」
セツギンは複数の尻尾のような物を威嚇するように大きく広げてみせ、エマは腰に添えられた剣のグリップに手を掛ける。
「ちょっとやめてくれよこんなところで!!!あんたらいつもそんなことしてんか!?!?」
レオは二人の仲介に入ろうとしたその時、どこからか重厚な数人の足音がこちらに近づいてくる音が響き始めた。
足音がする方向を一斉に全員が見る。
そこには二人の重鎧兵士を連れた1人の人物、計3名の姿があった。中央のその人物は、左目に共和国の紋様が入った眼帯をした明るい髪色の人物だった。
「───皆さんこんにちわ、そしてレオ君。目を覚ましたんですね、良かったです。どうやら賑やかなご様子。仲良くやっているようで良かった。……おやおや、でもこの様子じゃあレオ君の取り合いになっちゃってたのでしょうか?男冥利に尽きますねレオ君、この状況は言うならそう。黒一点とでもいうんでしょうかね?」
左目眼帯を身に着けたその人物の凛々しい立ち振る舞いから一瞬性別が判明しなかったが、透き通った高音と儚げな挙動、驚く程に体のラインが整った見た目から女性であることが一息ついて分かった。
「なんのようじゃマギ」
「ふふふ、セツギンさん、今回はレオ君に少しお話がありましてね。お二方に申し訳ないのですけど、少しお借りしてもよろしいですか?」
「やだ!!!」
マギの言葉にエマは一間置くこともなく拒絶の言葉を投げかける。
「うーん......困りましたね」
マギがそう言うと後方に居た重装兵士が前に出る。そして銃口をエマに向けた。
更に天井の機械達が起動したのか、動作音が室内に鳴り響く。
「───やめておくのじゃエマよ、ここで暴れたところでそんなにいい事なんてないのじゃぞ」
セツギンはエマを諭すように言葉をかける。
「そんな事は一々言われなくても分かるっての!僕はただあの女が誰よりもいけ好かないってだけ」
エマはそう言うと、レオを置いて別の部屋へと颯爽と姿を消した。
「良かった、平和的に解決できて。それじゃあレオ君、行きましょうか」
「え、あっ......。はい......」
レオはそう言うとコタツから離れ、二人の重鎧兵士に挟まれながらマギの後を追う。セツギンは特に何かすることもなくコタツに戻り、レオの背を見送った。
マギに連れられ扉の前に着く、マギがそれを開けると酸素の薄い強い風が隙間から入り込み、レオの体を緩やかに冷却する。
その扉から外に一歩踏み出るとテラスのような場所に出た、外はもう夕暮れ時であった。
そこから覗かせた光景は、辺境のセクターより遥かに発展した無数に光り輝く高層ビル群達。そしてレオがいるこの建物自体が、かなり高層な建物である事を外の景色から理解する。
かつての『星屑作戦』参加の為に訪れたあの街並みの時よりも、心に深く刻まれるような強い衝動を抱く。
「では、ここからは私とレオ君で行くから。あなた達はここで待っていて」
マギは後ろを振り向いて付き添いの兵士にそう告げる。
「───しかしマギ司令、彼はあまりに危険すぎます」
「大丈夫、私が見ているのだから」
マギはそう言うとレオに近づいてくる。
「じゃあレオ君、少し散歩でもしましょうか。申し遅れました。私は『マギ』と申します。以後お見知りおきを」
そう言うとレオは静かに頷き、彼女はレオに先行するように先を歩んだ。レオは少し間隔を開けて風景を眺めながら彼女についていく。
やがてマギは足を止め、テラスの柵に軽く腕を掛け景色を眺める。
「どう?綺麗でしょう。ここは私のお気に入りです、やはり巨大な人工物群というのは何とも形容し難い美しさがありますよね」
「そう、ですね。あの、ここって......?」
「ここがどこかという事?ここは『共和国中央セクター』セントラル区画。正しく共和国全土の中心地です」
マギは大きく手を広げて見せてそう言った。
「……その実は俺、最近の記憶が全くなくて......。帝国のレジスタンスに参加していたのは覚えているんですが……、最後にあやふやに覚えてるのは......、確か敵のヤバい奴に捕まってしまって、そこからの記憶が殆ど飛んでて……それと何で俺がここに居るのかも分からないんですが……って。そうだ!!帝国は……あの後どうなったんですか!?!?」
レオは忘れかけていた関心事を思い出した。
「───帝国はあの後、アンバラル第三共和国の介入で共和国軍閥の併合を逃れ、枢爵位が廃止されて準議会制へと移行。議長に『アイザック・エルゲート・バッハ』が就任。新帝国政府が発足し、帝国のていを為したまま新たに皇帝を迎えたのです。旧来の『レイレシオン』皇室を受け継ぎ、新たに『エクイラ・レイレシオン』皇帝陛下が即位なされました。ふふ、驚きですよね。帝国の歌姫として世界に名を馳せていた彼女が、まさかのまさか。レジスタンスに参加していて、そこから皇帝にまで担ぎあげられるだなんて。でもまぁ、世界に愛される彼女が継ぐことによって帝国内外の反発は最小限に留めておけるでしょうし、素晴らしいアイデアですよね。"今のところは"ですが。とまぁ大きなニュースで言ったらそんな感じでしょうか。どうかな?把握できましたか?」
マギはレオに端的に記憶を失った間の事柄を語ってくれた。
「そう、ですね......。非常に分かりやすかったです。ありがとうございます……。そうか、計画は成功したのか、それは良かった......。ダグネスやベルゴリオ、メイ少将やクライネさん。そしてエクイラさん......、レジスタンスの人たちは、今頃国務に励んでるのかな......」
レオは一先ずと安心した様子で、レジスタンスの面々との出来事を思い出していた。
そのレオの姿を、マギは一瞬怪訝な視線で彼を見ていた。
視線に気づいたレオは冷りとした様子でマギの方を見るが、特に変わらない様子でマギがこちらを見つめ続けていた。
「───それでレオ君。私は君にお願い事があるんですよ」
マギはそう言うと、携帯型ディスプレイ端末をレオに差し出す。
「レオ君、再びレイシア少佐達と共に自由を謳歌したいのなら、この任務を引き受けてくださいませんか」
そう言われそれを受け取ったレオは、画面に顔を覗かせる。
「内秘の少数作戦『アステロイド領域辺境調査』だと......?」
レオはマギの顔を伺うように視線を戻すと、マギは優しい笑みをこちらに向けて浮かべていた。