レジスタンス地下要塞にて。
「―――爆撃第四波、引いていきます」
「―――第三エリア、機能大破」
「───高射砲弾倉エリアの複数が誘爆、ダミーエリアの対空防御陣地が壊滅」
地下要塞のオペレーター達がメイ・ファンス少将に舌を噛み切る勢いで戦況を伝える。
「……やっと切らしましたね......。これでしばらく空襲はないはず、念の為攻撃システムに再起動をお願いします」
メイ・ファンス少将が安堵を着いたその瞬間、再び警報が要塞内に鳴り響く。
「ちっ、またなの!?」
「―――第五波接近中、しかしこれは……。帝国空軍所属の爆撃機は確認できず」
「構成は?」
「―――13機の輸送機のみです、その全てミリタリア社所属機体。接敵予測ルートでは要塞直上付近を通過します」
「こちらの高射砲が死んでると踏んだのかしら、狙いは何......?」
ミリタリア社の輸送機達が地下要塞直上に差し掛かる頃、そのうち12機の輸送機後部ハッチが解放された。
「―――ハッチを解放した複数の輸送機から何かが投下された模様!識別します。―――識別、ミューター『パプラヴァノア』を確認!群体です!!!」
『パプラヴァノア』。
それは、帝国軍が有する異邦生物兵器の一種。この生物の出自は不明であり、帝国の有力研究では生体的な構造が従来のモノとまるで異なる点と、特異的な性質、有機的な構成のルーツをギリア領域に持っている事からも別の世界からやって来た生物とも言われている。その為、呼称としても異邦生物『ミューター』と呼ばれていた。
「ミューターまで持ってきているなんてさすがに.....。意地でもここを探し当てに来てるってわけですか......」
「メイ・ファンス少将。奴らは装甲層を簡単にすり抜けてくる。戦闘部は全部出払ってんだ、早く上の連中に武装するよう指示を出すんだ急げ!俺は上に行って奴らに対処する!!!」
アイザックはそう声を荒らげた様子でそう言うと、この場から去って上層へと向かう。
「……え、えぇ分かってますアイザック大佐。要塞内に緊急のアナウンスを口頭で繰り返し流してください」
メイ・ファンス少将は近くのオペレーターに口頭アナウンスと、室内人数分の非常武器を持ってくるよう指示を出す。
「―――緊急事態発生、全施設員は直ちに非常武装。襲来するミューターに備えてください。繰り返します―――」
要塞内のレジスタンス要員達は想定になかった事態に見舞われ、緊急放送で要塞内にアナウンスを何度も響き渡らせる。
「 ───パプラヴァノアだってよ、ったくついてないねぇ」
「───パプラヴァノアってあの異邦生物兵器か?名前は聞いたことあるが……実際に拝むのは今回で初めてだな」
「───そいつらって唯の生き物じゃねぇーんだろ?銃でちゃんと殺せんだろうなぁ?」
要塞内の攻撃システムメンテナンスを行っていた上層の作業員達は、各自の控室に赴き非常用の武装を整える。
そしてそこには不安を隠せぬ様子のクライネの姿もあった。
「おーいおめぇら、グチグチ言ってんじゃねぇ。奴らは素早いぞぉ〜、タイミングを見誤ったら闇に喰われっからな」
その場の控室にそう言って突如姿を現したのはアイザック大佐だった。
「た、大佐!!!」
彼の姿を見たクライネは、少し心が緩引た様子だった。
「おいテメェらいいかぁー?要点だけ言う。奴らは普段、自らの影の中に身を隠していやがる。影に向かって撃っても壁面を傷つけるだけで何の意味もねぇ、実体を得て出てきたタイミングをしっかり狙わんと奴らにダメージが入らんからな。頭に入れとけぇ、んじゃ準備が出来たやつから配置につけぇい!!!」
『───了解!!!』
クライネや作業員一同は、声を合わせてそう了承する。
武装を整え彼らは控室を出ると、アイザック達は銃を構え、防御隊形を維持しながら上層メイン通路へと向かう。
その場所は最後に上階層からの通信が途絶えた場所でもある。
通路は爆撃の衝撃波によってか、電灯が不安定に灯らせている。
「……最後の接敵連絡はこの辺のはずだがぁ……、だれか他の上層の奴らと連絡が着く者は?」
アイザックはそう聞いたが、それに対する返事はなかった。
「ったく、終わってんなぁこの状況。ホラー映画さながらだぜ」
アイザックはそう言葉を漏らす。
「チッ......、その先から地面に警戒しろ。不自然な影に注意するんだ」
そう言いながら、メイン通路をゆっくりと前進する。
「た、大佐......!この先でいま何かが蠢きましたよ......!?」
クライネは前進方向に指をさしながら、アイザック大佐にそう伝える。
「ウェポンライトで照らせ」
アイザック大佐にそう言われたクライネは、その方向へとアタッチメントの灯りを向ける。
───その瞬間、大量のパプラヴァノアの群体が視界の前、通路いっぱいに現れる。
大きく開いた口に四つの耳と四つの目をつけ、生物としては余りに不気味過ぎる構造をしているのが伺え、見る物に恐怖心を抱かせた。
そして、その姿は影のように漆黒で、一瞬の間に目をやるだけでは影なのか、それとも本体なのかの識別が難しい程だ。
「───ひいぃぃぃ......!」
「怯むんじゃねぇ!所詮は生き物だ!撃ちまくれぇ!!!撃てばやれる!!!」
アイザックはそう言って作業員達を鼓舞させる、その間のクライネは腰を抜かしそうになるも、何とか態勢を整える。
作業員達も応戦するも、すぐに影に姿を隠してしまうパプラヴァノアに対して、有効打を打てずにおり、1人。また1人と影に飲まれていく。
アイザック大佐は自前の銃型ソレイスで手早くパプラヴァノアを処理していく。影の中の核を破壊されたパプラヴァノアは、塵のように姿を消す。
「クソ、数が多い......!ここじゃ抑えきれん......!」
アイザック大佐は腕の通信機を起動する。
「おいメイ・ファンス!ここじゃこいつらを抑えきれん!そっちに奴らが行くぞ!!!」
「―――えぇ、分かったわアイザック。こっちはこっちでなんとかする」
そう言ってメイ・ファンス少将は通信機を切る。
「ここにパプラヴァノアが来ます、備えて」
メイ・ファンス少将がそう言うと、室内のエクイラを除く全ての人間が銃を構える。
───やがて、しばらくすると作戦司令室と中央エレベーターを繋ぐ通路から警備兵の悲鳴が聞こえ始める。
それを聞いた作戦司令室の人間は、一斉に通路側の入り口に銃口を向けた。
外の悲鳴が止んでから一間置くと、直ぐに扉の隙間からパプラヴァノアの影が雪崩込むように作戦司令室内に侵入し始めた。
その瞬間一斉に彼らは撃ち始めた。
しかしその中でも唯一人、未だ佇む人影がある。
「こんな時ですら......、私は何の役にも立たない......」
エクイラは周りがパプラヴァノアと交戦する中、只々その場で立ち尽くす。銃を持てばそれは自壊し、その身を盾にする事も儘ならない。
エクイラは、その身の権能を盾のように振舞おうとすると、自らの権能によって足の自由が利かなくなってしまう。
それによって只々、彼女は立ち尽くし彼らを見守る事しか出来ない。
唯一匹のパプラヴァノアもエクイラに興味を示す事もなければ、襲い掛かることもなかった。それは、彼女に近づく事が出来ないと本能で理解しているからなのか、もしくは識別することが出来ないからなのかは、周りや彼女にとっても分からないままだ。
ただただ抵抗虚しく飲まれゆく人々は、エクイラに妬ましさと悲嘆の表情、その視線を彼女に預けながら、闇に消えゆくのだ。
メイ・ファンス少将は何体かのパプラヴァノアをハンドガンで仕留めつつも、数の暴力による鋭利な一裂きによって胸部に致命傷を負った。
「───メイ・ファンス少将!!!」
そう言いながらメイン中佐は周りのパプラヴァノアを撃ち殺し、駆け寄る。
「今手当を......!」
「......中佐......うしろ......」
その瞬間、更に数体のパプラヴァノアがメイン中佐達に襲い掛かる。
しかし、それは瞬く間にある男によって跳ね除けられる。
「───他のミューター共はここに来た奴らで最後だったかね。遅くなっちまったなぁ......。すまないメイ・ファンス少将......」
それは上層から、武装したクライネや作業員達を連れたアイザック大佐だった。彼らは作戦司令室に踏み入ると、他のパプラヴァノアを制圧し始める。どうやら他のパプラヴァノアは彼らの道中で全て倒されたようだ。
「そんな少将......」
クライネはメイ・ファンス少将の様態を見て唖然とする。
「ぐっ......、無理、ダメね。意識が……しゃべれなく……なるまえに……私……。現時刻を以て……すべての権限を……エクイラ副総司令官に、委譲します......。後は任せました、エクイラさん......」
そう言うと、メイ・ファンス少将は腕の長たる証、腕章を取り外してエクイラへと預けた。
「……拝命。致します。すべてを成し遂げて見せましょう。貴方のように、全てを憂う、優しい世界の為に……」
エクイラはそういって、腕章を受け取るとその繊細な左腕に身につけた。
そしてエクイラはメイ・ファンス少将に近づき、手を取る。
「───ドクター・メルセデス......。メイン中佐......。後の事、お願い致します......」
メイ・ファンス少将はドクター・メルセデスとメイン中佐にそう告げ、瀕死の身で自らの頭を下げる。
彼らは静かに頷き、そして彼女は、緩やかな視線でアイザック大佐に顔を向けた。
「はぁ......アイザック......、貴方とはすべてが終わった後にでもゆっくりお茶がしたかったわ......。その似合わない髭について......もっと議論を......重ねないと……いけないのにねぇ……」
メイ・ファンス少将はそう言って瞳から涙を一滴。頬を伝って流すと、そのまま穏やかに息を引き取った。
「───メイ......。全てはお前の考えから始まった事だったな......。お前の思想に賛同したエクイラ様や俺達がこうしてここに集えたのは、全てお前が舵を取ってきてくれたおかげだ......。ありがとう......メイ・ファンス......。お前の望む世界に、できる限り近づけて見せるさ」
アイザックはそう言いながらメイ・ファンス少将の手を取り、自らの額に優しく当てた。
―――レジスタンス地下要塞直上。高高度上空のミリタリア社所属輸送機にて。
「―――パプラヴァノアの斥候が活動を終了。パプラヴァノアの浸透データを元に地形情報及び地下要塞の立体構造を解析中......解析完了。詳細な地形データを送信……完了。『エンプレセス』の出撃許可を……確認。後部ハッチを解放」
地下要塞直上で待機していた唯一機の輸送機。その後部ハッチが開かれると、凄まじい高高度の強風が機内に流れ込む。
その風は、機内後部に居た一人の少女の華やかな装束を煽り立てた。
そして後部ハッチが完全に開き切ると同時に、腰に据えた刀に手を添えながら、彼女は手元の端末でマップデータを確認すると、戸惑う様子もなくそこから飛び降りた。
やがて飛び降りてから、彼女が要塞直上に到達しようとする頃。鞘から、黄金に輝く刀身を短く引き抜いた。そして、それを完全に抜ききる事無く、またそれを納める。
そうすると、この一連の意味もないような所作の後に、彼女の周囲は刀身から発せられた銀色の眩い光によって、莫大かつ破壊的なエネルギーと共に包み込まれた。
―――数刻前。作戦司令室にいたレジスタンス達は、メイ・ファンス少将の損失に悲観する暇もなく、再び警報が要塞内に鳴り響いた。
その警報を聞いたエクイラは、かつてメイ・ファンス少将が組織を取りまとめていた指令席のポジションに足を運ぶ。
「状況を報告してくださいますか」
エクイラは、そこで初めて代替指揮官としての職務を遂行し始める。
「―――は、はい。領空内の高高度上空より急速にこちらに接近する熱源体を感知......。落下速度から推察するに……恐らく人程度の重量?......約九十秒後、直上に到達するものと思われます」
「こんな時に身投げした人間が降ってくるとでも?対象のヘラクロリアム濃度を測定しろ」
メイン中佐はそのオペレーターに指示を出す。
「───測定開始......、そ、測定不能!?!?あらゆる外部測定機器の波長を拒絶!!!識別不能です!!!」
「っんな!?そんな馬鹿な話があるか!もう一度やり直せ!!!」
───メイン中佐がそう言った瞬間。
要塞内にこれまでの爆撃とは比べ物にならない、桁違いの爆撃音と衝撃波が響き渡る。
「い、今のはなんだ!?なにが起きてる!」
アイザック大佐がそう言う。
「―――要塞直上の三層分の特殊装甲が全て昇華しています!!!し、信じられない......まるで『核』でも打ち込またかのような……」
「あ、ありえん馬鹿なことを言うな......そんな『核』などという時代錯誤の代物を例に出すなど......。何かの間違いだろう……大方、液状化した地層が雪崩込みでもしたんでしょう……」
ドクター・メルセデスは戦慄した様子でそう言う。
そして再び、先ほどよりも一回り大きい爆発音と衝撃波が要塞内に伝わる。
「今のは......?先程よりも近い!?」
「―――続いて六層分の特殊装甲全て昇華......!!!あと四層のみです......!!!」
「ば、ばかな!!!アクチュエータ層センサーの誤作動だろう!!!」
ドクター・メルセデスはそう声を張り上げる。
「このまま、特殊装甲がやられれば要塞が丸見えになっちまう。何人か連れて俺が直接出向く」
アイザック大佐は、そのオペレーターの報告に偽りはないと判断していた。上で起きていることは、アイザック自身で感じ取っている、得体の知れないものと対峙する時の感覚そのものの感覚、即ち現実であると。
「......い、いやいやいや。よした方が良い、分かるだろう〜?アイザック大佐?」
ドクター・メルセデスは心底焦った様子で、アイザック大佐を呼び止めた。
「……分かってんだよメルセデス、アンタの事だ。あれの正体くらい検討がついてるんだろ。だが......、行くしかねぇだろ......」
アイザック大佐はそう言うと何人かを引き連れ中央エレベーターへ向かい、特殊装甲層へと向かった。
エレベーターに乗っている最中にも、再び爆撃音と衝撃波が発生し、エレベーターは動きを停めるも、再び再起動して動き出す。
やがてアイザック達は、特殊装甲層に辿り着く。
───妙だ、肩に雨粒がぶつかる。
そうしてアイザックは上を見上げると、その層から先の特殊装甲層には、大きな穴が開けられ、広大な夜空へと通じていた。
その穴の直下、目で追う。
───その先には剣の鍔《つば》の部位に手を添え、白く可憐な装束に身を纏った少女の姿があった。
長く白銀に輝きし髪を左右に高く、二つに纏めあげた少女。その姿はイニシエーター圏の女性ディスパーダに見られる外見的特徴と似ていた。
だが、その本質は全くの別物であるとアイザック大佐は悟る。
その少女は閉じていた瞳を開け、こちらを紅い瞳で見つめる。彼女は、特に言葉を発する事もなく、ただ見つめてくる。
「これ、お嬢ちゃんの仕業なのか......?」
アイザック大佐は震えだしそうになる声を堪えて、いつもの調子でその少女に言葉をかける。
「......あなたは?」
その少女は儚い声音でそう返す。
「俺はここに住んでるおじさん......、って言ったところかねぇ。お嬢ちゃんがどんな立場の人間なのは分からねぇが、これ以上住まいを破壊するのはやめて欲しいんだがなぁ......?」
アイザックはそう言うと、少女は少し悩んだような様子を見せる。
「───ごめんなさい、私は仕事でここにいます。無駄な殺生は致しません、どうかそのまま降伏してください」
「……それは絶対に出来ない相談......だ」
アイザック大佐は銃型のソレイスをその少女へと向ける、それに合わせて周りの武装した作業員もその少女へと銃口を向ける。
「……では、仕方がありませんね」
その少女はそう言うと、その剣の鍔の部位から手を放す。アイザック大佐はその動作と同時に銃型ソレイスで射撃した。
やがてそのエネルギー弾が彼女の胸部に命中しようとしたその瞬間、そのエネルギー弾は彼女の素手によって容易く振り払われた。
「……?なんだ今のは、そんな水鉄砲をあしらうみたいな仕草……傷つくねぇ……!」
周りの武装した作業員が、それを合図とするかのように次々とその少女へと撃ちこむ。
少女は迫りくる弾を素手で払いながら、急速に作業員達へ接近した。
少女はそのまま素手で彼らの体を斬りつける。
そうしてあっという間に作業員全員が峰打《みねう》ちで無効化されると、アイザック大佐の方へとその少女が顔を振り向かせる。
すると、振り向いた先にアイザックの銃が至近距離で少女に向けられていた。
「フルチャージだ、この距離じゃさすがにキツイだろ」
引き金を引き、それが放たれた。しかしそれと同時に、その少女は腰に据えていた剣状の武器に手をかけていた。
彼女は瞬時にそれを引くと、刀身から放たれた銀色の眩い閃光が、またその周囲を包み込む。
「なっ......!?嘘、だろ......」
彼女の放つ規格外に膨大なエネルギーの奔流に、アイザック大佐は撃ち破られる。
彼の放ったチャージ弾はどこかへと消失し、アイザック大佐は手足を吹き飛ばされたのだ。
「───ちっ、やられちまったか......」
その放たれた力の勢いで、そのまま最後の特殊装甲層に穴が空いた。
少女はそのままアイザック大佐を放って、そのまま降下する。
立ちはだかるレジスタンスの作業員を度々無力化し、やがてエレベーターのメインシャフト経由で作戦指令室へと辿り着く。
少女を視認したメイン中佐やオペレーター達は、1度躊躇うも、少女の放つ異様な風格から適性として認定し、少女に向けて発砲する。
だがそれらも、その少女の前では何の意味をなさず、それらを容易く避け切る少女によって、手早く素手による峰打ちで無力化されていく。
───やがてその要塞内で、二本足で立っている存在はドクター・メルセデスとエクイラ、そしてその少女の三人だけとなった。
「───ふふ......やはりか。やはりそうなのか……。かのオールド・レイシスであるアイザック大佐ですら足止めする事も叶わない......。疑いようがない、人知を凌駕するその力。あなたが、あなたがあの!!!『エンプレセス』、何番目かの人外終局者......。だとして、なぜ貴方程の人物が帝国軍などに手を貸しておられるのか……、甚だ疑問ですけどもな」
ドクター・メルセデスは怯えた様子で少女にそう言うと、彼女は感心したような様子を魅せた。
「……私を、存じ上げているのですね。私を雇った人たちは、私を『第九の人外終局者』と呼びます。しかし、その呼び名は不本意です。私には名前がありますから、あっ。名乗るのはこの地に置いても礼儀とされている事なのでしょうか?……何れにせよ、そのような呼び名は好きません。私は『ツクヨノ=イナバ』と言います。イナバとでもお呼びください。それと、私があなた方と敵対する事については、別に深い意味はありません。ただ仕事でここに来てるだけですので……恥ずかしながらちょっとお金に困っていましてね。まぁ、そんな事より......」
イナバはエクイラの方へと視線を移す。
「先ほどから貴方に異様な力の気配を感じますね、この世界特有の、『へろくらりあむ』?とかというのとは、どうやら違うようですし、少し試してみたくなりますね」
そういうとイナバはその剣に手を掛けた。
それを見たエクイラは身構え、メルセデスは隅っこへと駆ける。
少女は、刀身を引き抜き差し戻すと、膨大なエネルギーの奔流をエクイラへと真っ正面からぶっぱなす。
やがてその光が晴れると、そこにはエクイラを含む一定周囲の物体が無傷のまま姿を現した。
「ふむ、小手調べとは言え。無傷ですか」
そう言って、イナバは再び柄に手をかける。
「おやめくださいイナバ様、私達は貴方に敵意はありません」
エクイラはイナバにそう言う。
「そうですか……でも申し訳ありません。私はあなたのその力に、興味が御座います......。他の皆様には申し訳ありませんが、この内なる衝動止めるのには困難を極めるのです。どうか、どれほどまでに、私の『顕藝』に耐えられるのか試させてはくれませんか......」
「そ、そんな......」
イナバは柄に手を添え、ゆっくりと刀身を引き抜く。たちまちその黄金の刀身から銀色の閃光が放たれるが、先程までに見せていたものとは様子が異なった。
完全に刀身が切っ先まで引き出され、膨大な銀色の閃光が、更に強さを増していく。
イナバは再び鞘へと、刀身の先を置くと、これを勢いよく差し戻そうとする。
「───顕藝《けんげい》......」
少女が技を放とうとする瞬間、耳元に通信が入る。
「―――イナバ様、撤退命令です。直ちににご帰還ください、我社はこの戦域から撤退します」
イナバの動きが止まる。
「そうですか......、分かりました」
イナバはそう言うと、銀色の閃光が緩やかに静まり、ゆっくりと刀身を鞘へと引き戻す。
「残念です、腕慣らしに丁度いい相手が現れたと思ったのですが......。仕方がないですね、帰りの乗り物がなくては困ります。……何れ、またお会い出来る日が来ることを心から願っています。それでは」
イナバはそう言うと、静かにその場から姿を消した。
その後、作戦指令室の周囲モニターにノイズのような物が走り出す。
「―――通信が一時的にジャック、これは……。通信元が公開されています。オート・パラダイム社の代表者から通信が入っているようです......」
イナバによって負傷させられていた一人のオペレーターが、地面から這い上がるように傷を押さえながら、席に着いてそう言った。
「代表者......ですか?」
エクイラがそう言うと、通信機からノイズ混じりの落ち着いた女性の音声が流れる。
「―――レジスタンス諸君。君達がこの戦いに何を求めていたのか、それを我々は理解する事が出来なかった。この帝国秩序を打ち壊す事に、一体なんの意味があるというのか。君たちが望むものは、その程度で望める物なのか。しかし、我々は君たちを起点とした大いなる潮流に、逆らう事はできない。ならば行くがいい、大国は動き出した。君達が為したことを世界に示し、そしてそれを自身で見届けるがいい」
───通信機からの冷淡な音声は、それで流れ終わる。
「―――通信は以上です......」
そういうと、そのオペレーターは再び地面に倒れ込んだ。
「はぁ……ボロボロですね、私達」
エクイラはそのオペレーターに駆け寄る。
「そう、ですね……」
隅っこにいたドクター・メルセデスは、イナバによって無力化されていたオペレーター達の傷の具合を診始めた。
「全て、みねうちか......命に別状はなさそうだが……神経系全体に衝撃を与えて無力化したのか。多少の後遺症は出るにしても、丁寧に処理したものだな……、感服ものだ」
メルセデスはそう囁く。
エクイラとメルセデスはふと正面モニターの方を見た。そこには、昇り始めた朝日に当てられ、浄土と化したアンビュランス要塞。
そしてその上空を取り囲むように、第三共和国軍の大規模航空団の姿がそこにあった。
「……来てくださったのですね。レフティア様......、感謝いたします」
エクイラはそう言いながら、メルセデスと共に負傷人の処置にあたった。