───前触れもなく始まった帝国軍によるアンバラル北方領土ヌレイ戦線大規模侵攻。
意図しない戦線の崩壊によって帝国国境付近、アンバラル第三共和国領の数個のセクターは帝国軍によって陥落させられていた。
陥落したセクターの都市防衛軍はセクター3まで撤退を余儀なくされると、セクター3ではギルゼ・ルラード中将の指揮のもと、北部統合方面軍に再編成された。
セクター3の上階層、頂上付近にある臨時作戦司令室にはギルゼ・ルラード中将。
そして、共和国統合方面軍総括指揮官として派遣されたムハド少将の姿がそこにあった。
アンバラル第三共和国は共和国内部から幾つか分離した中の筆頭の大軍閥であり、共和国中央本土側とは内戦関係にあったが、アンバラル条約機構、共和国全土共通の共同体意識を元に現在は停戦している。
ムハド少将はそんな関係性の中で、東側から派遣された『エイジャー26(トゥーシックス)北方連合議会・第九次アンデロン軍会 』の代表者でもある。
ギルゼ中将は時代錯誤のシガーを一服すると、柔軟なソファーに腰を下ろした。
一方でムハド少将は姿勢を正したまま近くで立ち続けている。
彼はセクター3地区のビル群を一望できるその作戦司令室の窓から、壮大な人工物の景観を眺めていたのだ。
「───ふはぁ、それで。前線の状況は?」
ギルゼ中将がムハド少将に重々しい声音でそう投げかける。
「あぁ、思ってたよりは酷くないぞ。構築した防衛ラインは以前堅牢だぁ。帝国の陸上戦力はその場で足ふみしているし、こちらも各地の戦力が整えば包囲殲滅戦を仕掛けられる。セクター奪還の日も近かろう。結局、帝国の奇襲的な侵攻とはいえ奪われた主要拠点のセクターはたったの2箇所だぁ。当初、ここは地政学的にも防衛ラインを築くのは難しいとも思われてたが、如何せん奴らは兵の動かし方が下手らしい。圧倒的に動員数が足らんわ、数百年ぶりの大戦争の再来かと肝を冷やしたが、いやぁやれやれ。昔と比べればこの程度、歴史に準えれば唯の紛争に過ぎないなぁ。これは、《《我々》》の出番はないかもなぁ」
ムハド少将はそう言って振り返ると、ギルゼ中将の対面に置かれたソファーに着き、机に置かれていたワインに颯爽と手を出す。
「ふっ、我々と言っても。お前たちの軍が一方的に、だろう?どうせこの戦いは殆どアンバラル軍が負担する事になる。お前は統合陸戦条約に従ってここに赴いているに過ぎない、気楽でいいなお前達は」
ギルゼ中将はそういって腕を組み、深いため息を吐く。
「ふははっ、随分な言い様じゃないかぁ。立場は違えど元は同じ国土を有する仲間だ。こんな時くらい因縁は忘れて、目の前の敵に共に立ち向かう姿勢を堂々と兵たちに示そうとは思わんかね」
「……少なくともお前の前では仲良しごっこをする気にはなれんな、それにその言葉。そっくりそのまま卿国や機械軍の連中にも言ってやれバカタレめが」
その返答にムハド少将はワインを飲みながら鼻で笑う。ギルゼ中将は一息つくと、手元の端末に目をやる。
「しかし帝国軍の狙いが依然として分からんな、報告ではかなりの損害と死傷者を出していると聞いているが......。我々が攻勢に転じない事を良いことにつけあがっておるのか」
「さぁな、あの枢騎士共の事だ。どうせ内部議会で上層部がまた暴走しているんだろうよ、古いものを大切にしすぎるのがあの国の大きな弱点だぁ。あのままでは自ずと滅びるのも時間の問題よ」
会話を一通り終えた直後、司令室に一人のアンバラル兵が入ってくる。すると、その兵士はギルゼ中将の方へと駆け寄った。
「中将、失礼いたします」
「なんだね」
「―――はい、それが……先程帝国方面からやってきたミリタリア社の輸送機からレフティアと名乗るイニシエーターが中将に面会を求めておりまして......、如何いたしましょうか?追い払いますか?」
「……ん、レフティアか。また昔のような面倒な話を持ってきたんじゃなかろうな......。まぁよい、私の執務室に通せ」
「―――承知致しました」
そう言うと、その兵士は直ちにその場から退出する。
「ということだムハド少将、すまんが私は席を離れるぞ」
「あぁ、ごゆっくり」
臨時作戦指令室から離れたギルゼ中将は自室の執務室へと向かった。
部屋に入り自分の車輪付きの高級イスに着こうとすると、その席が突然こちらに振り返る。
ギルゼ中将はそれに驚いた様子を見せ、シガーを落としそうになる。
そこには既にレフティアの姿があり、自分の椅子に座り込んでいた。
「ったく。レフティアか......、来るのが早い、会うのは……久しぶりだな」
ギルゼ中将はそう言うと、手前に乱雑に置かれていた簡素な椅子に腰を掛ける。
「えぇ、こうして会うのは久しぶりねギルゼ。少し老けたかしら?」
レフティアは彼の顔をまじまじと見つめる。
「あぁ、少し所ではないがね。にしても君はまだそんな露出魔のような恰好を続けておったのかね、いい加減懲りないものか」
ギルゼ中将は彼女の得体をまじまじと見ることはせず、俯きながらシガーをふかす。
「何よ、若き肉体を長く堪能し謳歌するのは私たちの特権よ?どうせ将来は乾いた体を若き時の何倍のも時を過ごさなきゃいけないんだから今だけなのよ!!!……なのよ!!!」
レフティアは突如席から勢いよく飛び立つように立って、体を見せつけるように両手を振り挙げる。
「はぁ、もう良い。それで、こんな所にわざわざ戯言を垂れ流す為にやってきた訳じゃなかろうよ。それに帝国方面からミリタリア社の輸送機でやってきたという話じゃないか、今の時期は君たちのような独立機動部隊の活動は確か……制限されていたはずだがね?ミリタリア社が私的に君に関わっているのだとしたら、重大なコンプライアンス違反だな」
「そんなことはどうでもいいのよ中将さん?だってもうじき今の帝国は終わるんだもの」
レフティアのその言葉に、ギルゼ中将は顔をしかめる。
「どういうことだね、レフティア」
「そのまんまの意味よ」
レフティアはそう言うと、机にレジスタンスの作戦要綱が取りまとめられた重圧な資料を叩きつける。
その資料を手に取るためにギルゼ中将は席から立って机に近寄る。そして手に取ると、その作戦名を読み挙げる。
「アンビュランス要塞撃滅作戦......だと。帝国内部に反乱組織が結成されていたのとはな。噂程度でこちらの諜報機関でも実態は掴めていなかったが......、よもや本当にあったとは。大物を釣ってきたなぁレフティアよ、これを精査するのに時間をくれ」
ギルゼ中将は顔つきが変わる。
「ダメよ、分析を待っている時間なんてない」
「───何だと?」
「その作戦が決行されるまでもう数日しかない、今この瞬間貴方に問われているのは、この作戦が上手くいくことを信じた上で私の話に乗るかどうかというだけよ」
レフティアのその言葉に心底呆れた様子でギルゼ中将はふらつくような素振りをする。
「……無茶を言うな、私の独断でアンバラルの軍は動かせんよ」
「無茶は百も承知、けどこの話を逃したらあなた達アンバラル第三共和国が一方的に損害を引き受けたまま何れは終戦を迎える、私の本国と卿国に挟撃されて分割併合の隙を与えることになるわよ。これは発揚を示すチャンスなのよギルゼ中将、分かっているでしょ。ここに派遣されている本国の連中は貴方達の動向を監視しているということくらい」
ギルゼ中将はその場で頭を抱えながら再び席に着く。
「君はどっちの味方なんだレフティア、本国の共和国か?我々アンバラルか?」
「……どっちでもないわよ、私は唯......レイシスの敵ってだけ」
レフティアは髪を片手で靡かせながらそう言い放つ。
「ふむ、そうか......。そういう奴か、それで君の考えを教えてくれるかねレフティア」
「あら、素直に聞いてくれるのね」
「あぁ、旧知の好だ。一通りは聞いてやる」
ギルゼ中将は改まった様子でレフティアの話に関心を見せる。
「そうね、先に言っておくと。そもそもこの話はあなた達にとっては低リスクハイリターンの役柄だわ。だって大概の仕事はレジスタンスの人たちが終わらせてしまうもの、あなた達の仕事は簡単。撃滅作戦決行後、即ち要塞の枢騎士団が壊滅後、アンビュランスを失った帝都ブリュッケンの政治機能を司る議事堂と中枢組織関連施設の直接制圧。レジスタンスの戦力ではここまで手が回らないからそこをお願いしたい。もちろんその時点では対空戦力は掌握している予定、そのまま首都にあなた達お得意の空から攻め込めるって訳ね。これで指揮系統を完全に失った帝国軍はアンバラルセクターへの侵攻を停止するわ。仮にレジスタンスの作戦が上手くいかなかったとしても、あなた達は遠くから見ていればいい、参戦するかどうかを決める時間は十分すぎるほどあるもの」
レフティアは自慢げにそう語る。
「お得意の《《空》》だと......?まさか、我々の空挺部隊を使えというのか?」
「その通り、しかも大規模なやつをね」
「まぁ簡単に言ってくれる」
そう言ってギルゼ中将は頭をしばらく抱える。
「だがまぁ、なかなか面白い。幸いにも退屈そうに控えている余剰戦力はふんだんにある、臨時編成でなら評議会の合意がなくとも2個師団程度の戦力はギリギリ用意出来るだろう。それと、『レヴェナス装備』の調達か。大規模な作戦範囲での使用となると些か数が足らんが……まぁそれは何とかこちらで解決しよう。これは、アンバラル独立以来最大の大規模侵攻作戦ってやつだな。特殊作戦を除いたこの規模の『レヴェナス装備』の使用は独立以来初めての事だ。これが上手くいけば帝国や東側共和国に対しても一定の影響力を示せよう。上手く行けば向こう数年はお隣の『エイジャー26北方連合議会』からの領土割譲圧力に牽制する事も期待できる、議会を説得させる材料としては割に合っておるわ。───乗ったぞレフティア」
ギルゼ中将は鋭い眼光でレフティアの話に合意した。
「話に乗ってくれて助かるわギルゼ中将、共にこの戦いを終わらせるとしましょうか」
レフティアはギルゼ中将に対して片目を愛らしく閉じながら右手を差し出すと、ギルゼ中将もまた、慣れない様子で片目を閉じながら握手を交わした。