───レイシスの少女、ダクネスとの稽古を終えたレオは地下要塞の自室でゆっくりと身を休めていた。
「俺は、以前とはまるで変わっちまったみたいだ」
レオはどこか自分が自分でないような感覚に苛まれていた、急激に変革した己の肉体や特異な力に精神的な領域が置き去りになっているようだった。
特に負の領域であるレイシス側の力は、精神面に多大なマイナスの影響を及ぼす。
均衡中和剤のおかげでレオは精神を安定させているが、本来ネガヘラクロリアムを極度に取り込んだ人の精神は極めて不安定のものであるはずだったと、ドクター・メルセデスは語っていた。
そんな過去の言葉に思い耽る中、レオの自室に数回のノック音が響き渡る。
「ん?クライネさんかな。またメルセデスの診断書か何かだろ」
レオは気だるげそうにベットから上体を起こし、そのまま立ち上がると訪問してきた人物に会いに玄関の方へと向かう。
ドアを開けるとそこにはエクイラの姿があった。
「えっ......?エクイラさん!?」
そこには清廉に佇んだ女性の姿があった。その美しさに見慣れないレオは目が焼けるようだった。
「───御機嫌ようレオ様。少しお時間の方を宜しいでしょうか?」
「えっ、あぁもちろん。どうぞ......」
レオは固い身動きで中へとエクイラを手招きする、廊下で他に人がいないか辺りを見るも、どうやら今回は付き添いの人物はいないようだった。
エクイラが部屋に入りきると、そのままレオは丁寧にドアを閉める、中へ通されたエクイラは、迷う様子も無くレオが寝ていたベッドに上品に座り込む。
レオはそれを見て思わず声が出そうになるも、強く推し留めた。悪意や他意はきっとないのだと、彼女はお嬢様なのだから。
「えーと、そう言えば前に話したいことがあるとか言ってましたよね......その件のこと、ですかね......?」
レオは部屋の中で立ったまま、エクイラに話を振る。
「えぇ、そうですわ。その前にどうぞこちらの方に」
エクイラは優しい手振りで自らの横に座るようレオを誘うが、レオはそれに強く動揺する。
「あぁいやそういうのはさすがにマズイっていうか......」
「あら、どうしてですか?」
「いやぁ......、それはまぁ......。そのエクイラさんは有名人ですから......、スキャンダル的な?近い距離というのはマズいでしょう......」
レオの思わぬ言葉に、エクイラは上品に手を口に当てて微笑む。
「そんな事を気にしてくださるなんて、レオ様は優しいですね。でもここは見ての通り、閉ざされた2人だけの狭き世界です。どうか私の願いを聞き入れてはくださいませんか......?」
エクイラは上目遣いのような表情でレオを見つめる、それに対してレオは照れた様子で思わずエクイラに背を向けて目線を逸らす。
すると、レオは参った様子で大人しくエクイラの隣にゆっくりと少しだけ空間を設けながらベッドに座る。
「ありがとうございますレオ様」
エクイラは隣に座ったレオに朗らかな笑顔を向ける。
「えぇ、まぁこれくらいは......。それで肝心の話って......」
エクイラは静かに頷くと、エクイラのドレスの様な変わった衣服。その懐辺りから何か無機物的な人工物を取り出す。
「え、それって......」
レオはエクイラが取り出したモノに対して、息を呑みながらそれを見た。
取り出されたのは帝国軍の標準装備に採用されているAE型のハンドガンだ。
「少し、見ててください」
エクイラはそう言うと、そのハンドガンを自らの頭部に向ける。
「えっ、エクイラさん......!?一体何をし───!!!」
エクイラはそのままトリガーに指を掛けると、躊躇する様子もなくその引き金をあっさり引いてみせた。
しかし、その瞬間。
エクイラが持っていたそのハンドガンは内部から放射エネルギーが暴発し、眩い光を辺りに照らしながら破損した。
その光景を眩い光に阻まれつつも熟視を続けていたレオにすら、何が起こったのかは理解できなかった。
「一体何が......?銃が勝手に......?」
エクイラは破損した銃を膝元に置くと、儚げな様子で正面に視線を向ける。
「私は、生まれた時からこの方。一度も体に傷が出来た事がありませんの。自分でこのように傷つくことすら許されず、勝手に物が自己崩壊を引き起こすのです」
エクイラは視線を、膝元に置かれた破損したハンドガンに向けるとそれを優しく撫でる。
「そんな事が......。で、でもエクイラさん、さすがに今のはこっちが死ぬほど驚くのでマジで勘弁してもらいたいところです......」
「ふふ、ごめんなさい。私のこの恩寵の使い道、こうやって披露して魅せることしか思いつかないものですから......」
エクイラは、どこまでも儚げな様子でそう話す。
「……そんなこと。───要するに……無敵ってことですか?」
レオが軽い口調でそういうと、エクイラは俯く。
「ふふっ。無敵……ですか、純粋に無敵ならばお役に立つ事も出来ましたでしょう。しかし、正確にはそうではありませんの。私のこの恩寵は誰の役にも立つことはありません、誰かを守ることも出来なければ、誰かのために他者を制する事も出来ない。本当に唯、私が私でいる為だけの力。純粋に私という存在を守る為の力。どこまでも独り善がりで孤独な恩寵なのです。そしてそんな巡りあわせの中で私が抱いてしまった唯一つの願い。きっとレオ様になら叶えてもらえるかもしれないと思ったのです」
レオは固唾を飲んでそれを聞く。
「そのただ一つの願い、というのは......?」
それを問うと、エクイラはレオに近づき手を取る。
そして、顔を近づけながら答える。
「―――レオ様、私を殺してください」
レオはその耳元で囁かれた言葉に、思わず絶句する。
なぜ彼女のような優しき人がそのような願望を持つのか。巡り巡る思いがレオの中で乱れ打つ。
「なぜ......そのような事を......。仮に俺にそんな力があってもそんな事......」
「私は怖いのです、親しき者たちを置いて、いつしか私一人しかこの世界にいなくなってしまうんじゃないかって。私はこの力が嫌いです、私しか生き残る事が出来ないから、誰も守れず、愛しい人すら我が身で未来に繋げることすら叶わず。そして……私の体は……老衰がどんどん緩やかになっていっているとドクター・メルセデスに言われました。このまま行けば、やがては本当に不死に成りかねない、そんな事になってしまったら......私は......」
レオの手元に、クライネは涙を零した。
エクイラの話にはレオにとって同情する余地はなかった、難解な境遇である事に加えここでその話を否定すべきか肯定するべきなのか。
つい最近まで唯の人であったレオには、その形而上学的な答えを導き出すことは出来なかった。
「俺には、なぜ貴方がそこまで生きる事に絶望してしまってるのか分かりません。エクイラさんのその願いに応えることが、果たして本当にエクイラさんにとって救いになることなのかも。でも貴方がその力で生きていてくれたおかげで、俺はこうして貴方の透き通るくらい綺麗な声を聴けて、そしてその声を、貴方の歌を心待ちにしている人たちがいる。それだけで、そうやって貴方が貴方らしく居るだけで嬉しい人達もいる。十分じゃないですか……それで。俺が拙い言葉で言えるのはこれくらいだけど、俺はエクイラさんの願いの為に殺す方法を探すより、貴方が生きていたいと思えるものを探したい」
レオがそう言うと、エクイラが流す涙は緩やかになっていった。
「───まさか、そんな事を言ってくださる方が居るなんて......、ごめんなさい。思わず感極まってしまって......、本当にごめんなさい。はしたない姿をお見せしてしまって……」
エクイラは流れ落ちた涙を、裾のポケットから取り出したハンカチで優しく拭き取る。
「い、いえ......」
レオは、自分の発言をふと思い返すと、余りに飾ったような言い回しにある種の羞恥心のようなものを覚えていた。
(うっ、エクイラさんの前だからってさすがにかっこつけすぎてしまった......!恥ずか死ぬなぁ......)
「レオ様、ありがとうございます。その言葉に私の濁った心の中が少し和らいだ気がします。でもそんな事を言われしまっては尚更......」
エクイラはそう言うと、レオの腕に抱きつくかのように腕を絡める。そして恍惚つした表情で彼女は言う。
「より一層、レオ様に殺していただきたくなりました」
(まじかー)
エクイラはレオから離れてベッドから立ち上がると、近くの机に破損したハンドガンと先ほど涙を吹くのに使ったハンカチを添える。
「……これらはレオ様にお預け致します。これからはレジスタンス全体がいよいよ忙しくなりますでしょうから、そんな傍らでもこれで私の事を思い出して頂ければ、このエクイラは嬉しいです。特にこの小銃は皇帝より授かった国宝です、その手の物に渡せば高値が付くでしょう。お困りになりましたらご自由になさってください。そして……いつか……私を殺せる方法が見つかった時には、このハンカチをお返しに来てください。それが私にとって……至高の終わり方です。……では私はそろそろこの辺りで失礼いたしますわ」
レオは無言でそれを聞き届けると、エクイラを玄関前まで送り届ける。
「それではまた会う日までご機嫌用、レオ様」
笑顔でレオにそう言って背を向けると、エクイラはどこかへと帰っていった。
去って行くエクイラを見届けると、レオは自室へと戻る。
机に置かれていた破損したハンドガンとハンカチにふと目をやる。
「『いつか私を殺せる方法が見つかった時には、これをお返しに来てくださいね』か。エクイラさんさんに呪いをかけられたな」
そして再びレオはベッドに着くと、重い瞼を閉じてその日を終えた。