───レオ・フレイムス。彼が覚醒者としての芽が出始めていた頃。
アンビュランス要塞撃滅作戦決行日まで、レジスタンスに残された時間は少なかった。
メイ・ファンス少将を始めとするレジスタンスの高級将官は、着々と各々の立場を利用し計画の準備を着実に整えていく。
ある者は前線に送られるはずだった兵器の横流しを、ある者はアンビュランス要塞の警備配置、当日の枢爵クラスの所在を把握する者。
この計画は意志ある内部者たちによって、確実に枢騎を滅するものへと成していった。
───特設作戦司令室にて。
メイ・ファンス少将は計画の進捗状況を各部隊長と共に確認し始める。
「メイン中佐、おまかせしたダグネス枢騎士団長の率いる第十一枢騎士団の扱い、戦闘部への編成は現在どうなっていますか?」
メイ・ファンス少将は中央台座の通信機で状況の確認を取る。
「───いやぁ……彼らのダグネス団長に対する忠誠心はすごいもんですよ。国に逆らうって時に、部隊離脱者が全体のたった四割程!よく鍛えられているようですねぇ。枢騎士団そのものは後方待機で枢騎士掃討作戦第二段階で投入しようかと。特化装備付つきで、我らが率いる三個戦闘団が要塞南西方面から進行、混乱に乗じて順次掃討の後、第十一枢騎士団がブリュッケン第二駐屯地から第一段階の飽和攻撃完了後に要塞跡地を同時に挟撃予定。現在は駐屯地との独自ルートを連携を密に構築していますよ」
「なるほど、分かりました。そのまま彼らとの連携を強固のものとしてください。通信は以上です。次、システム班に繋げて下さい」
メイ・ファンス少将の指示を聞いた付近のオペレーターが、通信機のチャネルをシステム班に繋げる。
「システム班。第二のエイジスシステム機構の対応はどうなっていますか?」
「───はい、例のやつですが……。こちらの算出ではどうにも外部からの操作では第二エイジスシステムに干渉出来ないようで、第一エイジスシステムとは違って全く別の技術で成り立っているようです。更にこちらは有効範囲がアンビュランス要塞主要部を対象にかなり限定的に作用してます。このままでは飽和攻撃後も主要陣に致命的なダメージを与えられない可能性が。やはりセキュリティルーム及びサーバーの直接占拠が急務かと」
システム班の通信は切羽詰まったような様子でそう話していた。
「我々がここまで用意してきた過剰とも呼べる火力を持ってしても、ですか?」
メイ・ファンス少将は改めて現状の不足を確認するように、そう聞き返す。
「───はい……。恐らく如何様な攻撃を受けても枢爵が管轄する地区だけは存続するように出来ているものと思われます……」
システム班は悲壮感を漂わせながらそう話す。
「なるほど……彼等の居住地だけはよく出来ているという訳ですか。……色々と検討します。引き続きよろしくお願いします」
「───分かりました」
システム班の言葉を最後に通信は終了する。するとメイ・ファンス少将はため息をつきながら司令官専用座席に腰を下ろす。
「アイザック、貴方の情報がなければ作戦は完全に破綻していたとこですね。枢爵をやれねば唯の無意味な虐殺となるところでした。感謝します」
司令官専用座席の後ろに立っていたアイザックは軽く相槌を打つ。
「比較的中枢に居た俺やクライネですら不確かな情報としか認識出来ませんでしたが、まさか本当に二段構えの防衛構造になっていたとは、保身に関しては枢爵の連中も用意周到な事だ。わざわざ目星つけて枢騎士団長に接触し引き入れた甲斐があったってものですよ。まさかあの幼き枢騎士が枢爵のお気に入りで、爵位継承候補者、いずれは懐刀となる予定があったとは、こればかりは枢爵にも見る目があったと言いたいが、結果的には見る目がなかったとも言えるか。これを知るのは枢爵と僅かな側近達だけとは、いやいや。秘匿主義もここまで来ると恐れ入る。彼女がこちら側ににつき、齎した情報は偉大だ」
アイザックはそう語った。彼は普段とは異なる改まった言動と態度で少将と接している。
「えぇ、本当に。それで今の前線の状況はどうなっているのでしょうかね」
メイ・ファンス少将はそうアイザックに問う。
「愚かな帝国軍は追加派遣された数個枢騎士団を以てしても、未だアンバラル領第三セクターを攻め落とせず、ぐだぐだ〜と戦力を損耗しながらゆらりゆらりと攻めあぐねていますよ。アンバラルの共和国軍が未だ大規模攻勢に転じてない事が温情とすら感じる程にね」
アイザックは再び帝国に対する盛大な呆れみの感情を詰め込んでそう話す。
「……まぁそれはもちろん多国籍企業絡みってのもあるのでしょうけどね。帝国は各地に世界中の大企業の支社やファクトリーヘイヴンがあるもの。上手い事帝国も企業を利用しているわよねぇ~、にしても風呂敷を広げ過ぎだけども。あれだけの広大な戦線を三つの枢騎士団だけで維持できるはずもなく、追加動員すら不透明な戦力。今の枢爵達にはこの戦況が明るく脚色されて見えてしまうのかしらね、人を死なせることだけの作戦に見えて仕方がないのだけど。このままでは地方部隊に動員が掛けられるのも時間の問題......、そうなったらいよいよね。はぁ……枢爵共は一体何を企んでいるというのかしら、まさか本気で共和国を討つ気でいるんじゃないでしょうね」
メイ・ファンス少将は無自覚に崩れた口調に変わり始めていた。
「あぁ、未だ我々の諜報網を以てしても枢爵身辺の目的は把握できていない。レオの事も何に利用するつもりだったのかすら分からず終いだ、結局奪還時以降は捜索部隊の表向きの気配も殆どなくなってしまったしな。ネクローシスもだ、西側勢力のエターブ絡みの組織も今は沈黙している。統率でもとれているかのようだ。何か背後にもっと強大な意図でもあるかねぇ......」
それ聞くと、メイ・ファンス少将は小笑いな吐息を漏らす。
「そんな映画の脚本みたいなこと、複雑に複雑を重ねるような社会でこのご時世有り得るのかしらね。まぁ目的が何であれ……我々には彼を利用せずにこの作戦を遂行出来るほどの戦力に余裕はない。使えるものは何でも利用しなければ、例え彼と枢爵を鉢合わせる事がリスクなのだとしても。まずはどんな形であれ、都市が灰と化してでも。この国を私たちの手で取り戻す。全てそれからなのよアイザック、もう私たちには時間がないわ」
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───幽閉施設にて。
あれから傷を死後再生し、意識を取り戻したレオは、その肉体に興味津々なドクターメルセデスの執着的な付き纏いから何とか逃れると、再び幽閉施設へと訪れ、レイシスと再び剣を交わす日々へと回帰していた。
「───大分腕を上げたね君、もうベルゴリオでは相手出来ないほどだ。覚醒者としての体は随分馴染んできたのか?」
その言葉を聞いたベルゴリオは、俯く。
「あぁ、まぁな。感覚が拡張されたような感じだ。見える世界も以前とはまるで違う、体も知覚も何もかも、特に反射神経だな。これは以前と比べ物にならないほど研ぎ澄まされているのがわかる……。脳で負えない処理は、体が担うという原理というか、本質的な感覚だ」
レオは、自身の身に起きた変化を着々と言語化していく。
「ふーん、覚醒者としての本質。両義性を理解できるとはね……恐れ入る。それに、精神面の方も大分安定しているようだし、これはかのドクターメルセデスのおかげかな?」
メルセデスのその名を聞いて瞬間、レオの体は一瞬微動する。
「あっ、あぁまぁな......。メルセデスが作った均衡中和剤のおかげで大分安定はしている......、だけど必要以上に体を調べてこようとするのは本当に勘弁してもらいたいところだが......」
レオは研究室での出来事を思い出しながら、メルセデスへ恐怖心を抱く。
───均衡中和剤とは、メルセデスが試作した体内ヘラクロリアム粒子の極性を均衡状態にする為の血清のようなもの。
元来は極度のマイナス領域『カロマ性』に陥るレイシスの為に、その覚醒者の体液を用いて開発されていたものだが、レオに投与する為に特注でチューニング、試作されたものだ。
「……まぁあの手の優秀な科学者にはそういう変態が多いものだよ」
(私もそうだったなぁー、今よりもっと幼い頃はよく見ず知らずの科学者に囲まれていた。でも私がソレイスを顕現させることが出来ないと知ると、浅い科学者共はすぐ様見切りをつけてどっかに去って行ったけど)
ダグネスは、ふと自信の過去を振り返えながらそう答える。
「そういえば、私のこの人工ソレイス、イレミヨンは彼の先人たる研究グループが発明し受け継いできたものだったはず。私のようなレイシスの出来損ないにとっては、その変態性も有難い存在だ」
ダグネスは手元のイレミヨンを静かに眺めながらそう言う。
「そうなのか、すごいんだなあの人。……その、差し支えなければ教えてほしいんだが、人工ソレイスってのは......?」
レオは好奇心からそうダグネスに聞いた。
「うん?その名の通りだよ、私が使うこれは人工的に作られたソレイス。自分で言うのもあれだけど、私は生まれつきレイシスとしての才覚に恵まれていながら、ソレイスを顕現させる事のできない出来損ないなのさ」
ダグネスはイレミヨンをレオに向けて大きく振って見せる。
「ソレイスを、顕現出来ない......?そんな事もあるのか。体はヘラクロリアムに適応してても、ソレイスを顕現出来るかはまた別問題......、俺の境遇と少し似てるんだな」
「似てる......?何がだ?」
ダグネスは顔つきを変えてそう言った。
「あっいや。お前は体は適応しててもソレイスを顕現出来なかった。そして俺はソレイスを顕現できても体は適応出来てなかった、ほら反対だけど似てるだろ俺達?」
レオは軽い笑顔でそう言ってみせると、ダグネスは思わず笑いだしそうになるも微笑して堪える。
「ぷっ、ふふふふ。なんだーそれは皮肉かー?だとしても結局君は体も武器も手に入れられて、私は未だ出来損ないのままだ。私たちは、似てないよ。それに君の場合そもそも順序がおかしい、ヘラクロリアムの加護あってのソレイスだ。君が覚醒者にとっての、呼称通りの特異点であることは違いないさ」
そう言うとダグネスは2本のイレミヨンを構える。
「だけど、君はソレイスの扱いがまだまだだ。ベルゴリオくらいのレイシスを雑に倒せたとしても私と同じ地位を有する者にその刃は届かない。もっと剣技を高めなければならないね、奇しくも今の君は私と同じ二刀流、その体に教えられることは沢山ある」
「あぁもちろんだ、もう一度頼むぜ。ダグネスさん、いや。師匠......かな?」
レオもダグネスと同じように、だが不格好に、二本の剣を構える。
そしてまた再び二人はソレイスを交わし合うと、その日のマンツーマンでの訓練は終わった。