───レオは嘗てないほどの血の巡りの向上と昂りに思わず心を躍らせる。
マイナスの力。そのネガヘラクロリアムの加護から染みる圧倒的な力の奔流と膨大な感情の負のエネルギー、まるで超越者にでもなったかのような。異形の感情。
それを持ってしてレオは己の刃を震わせた。
「───すごい!!!すごいぞこれは!!!これが、お前たちが見ていてた光景なのか!?」
一度ネガヘラクロリアムと融和し始めたレオの体は以前の生身の人間の体のそれとは大きく変質しはじめていた。 目は破裂せんとばかりに赤く充血し、腕の皮膚からは血管とその表皮を破って血が流血。人としての体の構造を辛うじて保っているような、そんな状態だった。さらに、ソレイスの硬度も身体の質量も、彼と唯一対峙していたベルゴリオだけがその上昇値に以前との歴然たる差を感じ取っていた。
レオは本能をむき出しにした様子でベルゴリオに瞬発的に襲いかかる。
「───くっ、速いな。だが......!」
しかし、レオの高機動的身体速度だけではベルゴリオを圧倒するには至らなかった。
レオの乱雑な斬撃にベルゴリオはそれを丁寧に一つ一つ見切ると、斬撃をかわしながら鋭いカウンターの一撃を再び胸部へと突きつける。
「馬鹿め、その身体能力を持て余しよって!隙だらけだ!」
しかし、その一撃は以前の様にレオの体を突き抜けることはなかった。
「なっ!?我が一撃が!?」
ベルゴリオのソレイスはレオの体を突き抜く以前に傷をつけることすら敵わず、その肉体は鋭利なソレイスを弾いた。
「───あ、ありえん......。コイツ一体何をした......?」
レオは瞬時に呆然と立ち尽くすベルゴリオの両腕を二本のソレイスで容易く切り裂く、腕を失ったベルゴリオは抵抗する様子もなく、地に落ちた腕と己のソレイスを眺めながら後ろに身を引いていく。
───すると、ベルゴリオと入れ替わるようにレイシスの少女ダグネスは、紅に発光する人工ソレイスを展開しながら前へと出た。そして、瞬時にレオの間合いへと詰める。
「ようやく、私の出番というわけだ」
そう短く告げると、レオの首元にダグネスの人工ソレイスの刃が寸前に添えられるように接近する。レオの首はその一撃の一振で確実に持ってかれたと、誰しもが思った。
しかし、レオは赤目の眼光でそれを捉えると、獲物に食らいつく獣のように、その一撃を口元で咥えて受け止めてしまう。するとそのまま人工ソレイスを噛み砕いてしまった。
「コイツッ!?」
ダグネスは砕かれた人工ソレイスを手放し、距離をとると、レオは噛み砕いたソレイスを捕食するかのように空中に散らばるそれを、口元を盛大に傷つけながら食い貪る。
「……お前、食っているのか、私のソレイスを。まるで獣でもなったような、……まさか『感情の井戸』に堕ちているのか?」
気づけばレオからは理性の欠如が見え始め、彼女達が放つ言葉にすら反応する様子がない、人の姿をした高慢な獣の姿がそこにあるようだ。
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幽閉施設で起きている様子をモニター越しで眺めるアイザックは一つの推論を独り言の如く唱える。
「彼の特異体質、その能力はヘラクロリアムの捕食?捕食の形態は問わない様だが……そうして捕食したその能力の発現……?取り込んだヘラクロリアムの性質に応じて肉体や精神に変化を齎す?……ダグネスの純粋なネガヘラクロリアム構造体である紅玉の人工ソレイス・イレミヨンを経口吸収したことでより純粋なレイシスとして近づいたということなのか?もしくは『カロマ』か?───まぁなんともそれはそれは、とても。レイシスの誰よりもレイシスらしく、より暴力的で感情的、そしてより高慢な生き物となった訳か......。かくもこんなに美しいものなのか、理性から開放された純粋なレイシスというのは」
それを静かに聞いていたメイ・ファンス少将は、アイザックに言葉をつづけるように静かに言う。
「並みのレイシスですら辿り着く事の無い人的感情の閾値マイナスの領域。『レイシスの獣』、より肉体は闘争に特化し、その硬度はダグネスの一撃すら防いだ。これは、とんでもない逸材を引き連れてきたものね、アイザック......。彼がこのまま『カロマ』ににでもなったら、どう後始末ををつけるつもりなのかしら……?」
アイザックは無言を貫く。
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「目が怖いな君、もしかして我でも忘れているのか?力の奔流に流されているようではまだま......」
ダグネスが言葉を言い切る前に、レオの2本のソレイスがダグネスの体を上下に両断するかの如く振りかざす。
その一撃に瞬時に反応して見せたダグネスはレオから再び大きく距離を取る。
「まずいなこれは......」
「ダグネス様、助太刀いたします!」
ベルゴリオは切断された腕が完全に再生しきった様子で千切れた袖を震わせながらダグネスを守るかのようにソレイスを構えながら前へ踏み出る。
「あぁ助かる、イレミヨンを片方失った私だけでは手が余るところだ。私がゼロ距離で奴の頭部に枢光《ヘイテンロア》を発つ、何とか私が奴の間合いに踏み込めるように隙を作ってくれ!」
「───承知!」
ベルゴリオは戸惑う事もなくレオに向かって突き進む、そのまま足を狙うように姿勢低く踏み込むもレオは浅く飛び上がると落下する勢いでベルゴリオに向けて右手のソレイスを振り下ろす。
ベルゴリオはそれを寸前でかわすも振り下ろされた風圧で左方へ吹き飛んでしまう、吹き飛ばされたベルゴリオは空中でレオに瞬時に詰められると、レオは体を回転しながら刃をしならせてベルゴリオの四肢を瞬時に奪う。
そして次の一撃がベルゴリオの首元を狙っていることを見たダグネスは、させるかと言わんばかりにレオの体を横から蹴り飛ばす。
「ダメだ……!我々の空間障壁が何故か中和されている。接近戦は危険だ、私一人のフィジカルで奴を抑えるしか......!」
ダグネスは積極的にレオの間合いに踏み込むと乱雑な斬撃を受け流しながら、ゼロ距離で枢光を打ち込む隙を探す。
しかし、レオの殺人的な重い一撃をいつまでも受け流せる程ダグネスにも余裕があるわけではなかった。
「いつまでもこんな防戦一方のやり合いをしても先に尽きるのはこっちの方だ......、何か起点はないか......」
すると突然、レオの右手側のソレイスは変質させて銃型のモノへとその姿を変えた。
「コイツ......!ソレイスの変質も自在だったていうの......!?」
レオの左手側のソレイスによってダグネスのソレイスが弾かれると、右手の銃型ソレイスの銃口の先にあるダグネスは完全に無防備の状態となってしまう。
「マズイ......!やられるッ......!」
ダグネスがそう思い込んだ瞬間、幽閉施設の設備が瞬時に稼働する。あたり一帯が壁面に埋め込まれていた照射装置によってレオだけが赤く照らされると、レオは苦しむ様子を見せながら突如動きを止める。
やがて、手に携えていたソレイスが消失する。
その隙を逃さなかったダグネスはレオの頭部に片手を被せるように腕をもっていく、その手は先ほどの照射装置によって放たれていた紅く眩い光よりも、より強力に輝かせ丸く、球状にそのエネルギーは形作られる。
「―――枢光《ヘイテンロア》」
ダグネスの放った冷徹な一撃によって、レオの頭部は跡形もなく消し炭となった。
頭部を失ったレオの肉体は、安らかに地へ落ちた。
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「───申し訳ありませんダグネス様......」
ベルゴリオは満身創痍の面目ない様子でダグネスに頭を下げる。
「よせ、私とてギリギリだった。まさか彼があそこまでのポテンシャルを秘めていたとは思わなんだ。まさに奇跡だな」
しばらく後、レオの消し炭となっていた頭部はやがて死後再生されていく。
だが、彼はその場で目覚めることはなかった。
後に幽閉施設へとアイザックと共に踏み込んできた特殊救護班によってレオは集中治療室へと運ばれていく。
その様子を見届けたアイザックは、タバコを手に持ち一息吹かすと、ダグネスたちの方へと視線を向けた。
「───あなた方のご協力には感謝する、レオの秘められた力を見出してくれたことになぁ。アレは、我々と同じ負のエネルギーが定着した状態。レイシスとして、目覚める事ができたのやもしれん。目覚めてからは多少の経過観察と心的中和剤で感情均衡を保たせたのちに、本格的に戦略利用出来るか検討する。戦闘部の皆にも伝えておく、これからの戦場を共にする新たな仲間の誕生かもしれんしな」
アイザックはそう言うと、救護班の後を追うように去ろうとする。
「……ふふ、ちゃんとあのじゃじゃ馬を抑制して頂きたいところだアイザック大佐。あれは、生誕した野良レイシスよりも酷い。会話くらいはしっかり成り立つように、頼みますよ。彼は、あのままだと、エグい」
アイザックの去り際にダグネスはそう言うと、アイザックは一瞬足を止めるも、特段反応する様子もなくその場を去って行った。