───アンビュランス要塞、回廊にて。
───私とベルゴリオは枢機士評議会が定例的に開かれる会場地へと足を運んでいた。
その場所はファルファが居た病棟からはそう遠くはない、ここアンビュランス要塞はレイシス教会の中央拠点でありながら多機能かつ効率的に設計された側面がある、なので大抵の施設内の移動は手短なルートで済ます事ができる。
大通りの方へ出ると、会場へと向かうレイシスの騎士の人並が一本道で合流されていく。
聳え立つ門を潜り抜けた先には、長細い円卓状とそれを囲む十二の座席が置かれている。
その座席に座れるのは、十二のレイシス枢騎士団各々の最高指揮官の地位に就くもの、十二人の枢騎士団長のみである。
枢騎士評議会はこうして彼らを招集し、皇帝の最高顧問組織として意見を取り決め、皇帝に提示する。
それが承認されれば、晴れて帝国全体の最高意思決定となる。
……のだが、この意思決定プロセスには最近になってとある問題が発生し始めた。
その問題は一部を除く枢騎士団長達にとっても大きな悩みの種でもある。
それは、第一から第四の枢騎士団の最高指揮官で構成される上位組織、四大枢爵の権威性、その存在が、意思決定プロセスを捻じ曲げてしまっているからだ。
「───これはこれは!幼く、そして美しき第十一枢騎士団の団長殿ではありませんかー?またお会いできて幸栄ですよザラ団長殿」
円卓。私の席の座り際に話を掛けてきたのはある黒髪の男、彼は第七枢騎士団の団長であるリディックだ。彼は人当たりはいいが、彼の表情には感情の揺らぎが存在しない、偽りの表情で人々を接している真意の読めない男だ。印象としては別に悪い人ではないけども、いちいち接する度に幼いことを強調してくるのはムカつく要素でもある。
「……お久しぶりですねリディック殿、前回の評議会以来ですか。あぁ……噂は聞き及んでいますよ。かのヌレイ戦線、その陥落作戦の先駆けになられたのだとか?」
そう言うと、リディック団長の表情が少し硬くなる。
「───えぇ、まぁ。ですが、私としてはあまり褒められた戦いではなかったのでねぇ。あの戦いでは英雄小隊を死なせてしまったのですからね、あまりいい戦果とは言えませんよ。……おっと、そろそろ始まりますね、ではザラ殿。またの機会に」
リディック団長は爽やかな笑顔を披露すると、速やかに指定の席へと向かって行った。
しばらくすると、四大枢爵が円卓の間に物々しい所作で入室する。彼らが着席するのと同時に、遂に名ばかりの協議が開始された。最初の一声はいつも、第一枢騎士団長から始まる。
「栄光ある十二の枢騎士長達よ、招集に応じここに馳せ参じた事にまずは深く感謝する。では早速手始めに、現状の戦況を第七枢騎士団のリディック団長、南部戦線統括総司令官に報告してもらおう、それではリディック団長、報告を頼む」
そう言われたリディック団長は、速やかに座席から起立する。
「───ご報告致します。我が帝国第七、及び第九、第十枢騎士団の混成師団はヌレイ戦線へ全軍を持って強襲、【陥落作戦】によって共和国戦線は崩壊。その後、アンバラル領セクター1、セクター2まで侵攻し、引き続きそれらを撃滅、主要都市一体を陥落させました。現在はセクター3への侵攻に備えて三個枢騎士団は戦備を整えています。しかし、共和国軍側も第三セクター後方に戦力を集結させており、推定される戦力は約数百個師団規模、恐らくは統合方面軍に総再編するものと見込まれます。更には後方セクターからの後方支援も継続して受けるものと見られ、侵攻する際には史上最大規模の総力戦になるとの戦略会議室からの見方が出ています。各団長に共有すべき報告事項としては、既に既知の事かとは思われますが、先のヌレイ戦線において、【ヒットマンの英雄小隊】は壊滅した為、専属の作戦局は先日解散致しました。これにて私からの報告を終了致します」
リディック団長は発言を終えると速やかに着席する、今の報告を受けてもこの会議室の雰囲気はあまりいいものとは言えなかった。
特に、私を含む八人の団長は。
「うむ、ご苦労リディック団長。まずは英雄小隊が壊滅したとの報告、改めて心を痛めるものだ。だが彼らの死は無駄にはしない、我々が新たに創設した皇帝陛下の近衛部隊『ネクローシス』が彼らの仇を討つであろう!」
帝国軍最高戦力、その第一枢騎士団の団長にして、枢騎士評議会議長の【ガイウォン】がそう言うと他の四大枢爵を除く凡夫な枢騎士による御世辞に塗れた、なんとも間の抜けた拍手が会場内の空間に響き渡った。
「しかし議長、貴殿のご自慢の部隊を持ってしてもさすがに百、いや三百個師団はくだらない途方もない大軍を相手にするのは現実的に不可能でありましょう?共和国連邦議会の連中は、機械軍の脅威に戦力を割く中でこちらの想定を遥かに上回る戦力をこちらに集中させてきて参りました。かの第三セクターをこのまま陥落させる為に、我が軍の戦力をこのまま差し向けるのは、些か不毛というものでしょう」
そう声を上げたのは第九枢騎士団の団長、イデラだ。彼は議会の中ではいつも反対論者的に立ち回る男だ。
「では、何か代案はあるのかね?イデラ団長。常に良質な議論とは、建設的であるべきだろう?」
イデラの進言に突っかかったのは第二枢騎士団の団長、四大枢爵のハレク。
「代案ですと?もちろんありますとも。こんな馬鹿げた軍事作戦は直ちに凍結し、前線の枢騎士団を引き揚げさせるのです。かの国の要塞を二つも落とせばそれで十分かと、それで我が方の威光は示せたはず。次は共和国軍の大規模攻勢に備えて戦線を構築し、守りを固めるのが寛容です。ロジスティクスを十分に構築してからまた進撃すればよろしいのです。なにも焦ることないでしょう」
「愚かな、まだそんなことを言うてるのか貴様は!」
ハレクとイデラの言い合いはしばらくの間続き、そしてあらかた近況の会議がなされると、ある雑談の中で気になる話が飛び掛かった。
それは第三枢騎士団の団長、ゼーブから放たれたものだった。
「───そういえば、最近レナトゥスコードに試みたレイシスが居たとか聞きましたなぁ、アルフォール......でしたかな?さすがあの略奪の嫌疑がかけられているアイザックの旧弟子であるな。なにをしでかすか分かったもんじゃない、それに例の特異点も取り逃がす始末。未熟なやつらよのう」
アイザック大佐の旧弟子......と。どうやら最近の彼らの間で接敵があったらしいが、話の感じでは四大枢爵の連中には、どうやら私がアイザック大佐とツァイトベルンで会っていることは知られていないようだ。
それにアイザック大佐が略奪って、もしかして例の特異点の事だろうか......?
やはりそれらが結びつくのか。
しかしダメだ、決定的な情報が足りない。枢爵が我々の近況を知らないように、彼らもまた私たちとでは十分な情報共有がなされていない、殆ど彼らの独断即決で物事が進んでしまっている故に、管轄外と言えどお互いに知りえない。
だが今はなかなか、帝国内部はきな臭いことになっているようだ。
私の隣に座っている女性の第十二枢騎士団団長、レフィーエに私は質問を投げ掛ける。
「レフィーエ団長、少しいいですか?」
「あら、どうしたのザラちゃん?」
レフィーエは気さくに返事を返す。
「あの、話題に出ていたさっきのアルフォールって名の人物は、その後どうなりましたか?」
「───あぁ。ええとねぇ、彼は確かレナトゥスコードの反動で全治一か月くらいの怪我を負ったらしいわよ?だから今は入院中とかなんじゃない、今は一緒にいたセドリックくんが面倒を見てるんじゃなかったかしらね」
その時、現場にいたのはアルフォールともう一人、セドリックという人物か。まずはセドリックという人物に接触してアイザック大佐の情報を集めてみるか。
「なるほど、ありがとうございますレフィーエ団長」
「なになに〜お安い御用よ」
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長い会議が終わった、といっても私は殆ど会議に参加していたわけではないが。
連れのベルゴリオをと共に会場の外へと出た。
「ザラ様、なぜ先ほどの会議で特命の件を伺らなかったのですか?」
ベルゴリオは外へ出た瞬間に私に疑問を投げた。
「ふむ、話を大人しく聞いてた感じではだが。この特命の事は枢爵達は認知していなさそうだった、それにあの人たちは特異点を奪ったと思われてるアイザック大佐をかなり目の敵にしているようだった。気に食わない連中の為にワザワザこちらから下手に貢献してやるものでもない。それにこれは私の思い込みかもしれないけど、アイザック大佐は私たちをおびき寄せるようにあえて餌を巻いた……気がする」
ザラの言葉にベルゴリオは動揺する様子を見せる。
「おびき寄せたと......?なんの為に、目的は?」
「さぁ、それは分からない。あの時、特異点の力でも試す為に、実験台に選ばれたと考えるのが自然なのかもしれない。だとしたらかなり癪だけど、今はとにかくセドリックに会いに行く。彼からアイザック大佐に関する情報が得られるかもしれない、ベルゴリオは話題に上がっていたアイザック大佐に関する資料を集めてくれる?」
「承知いたしましたザラ様、直ちに」
ベルゴリオはそう言うとすぐさまこの場から離れていった、そして私はセドリックという人物に接触するために再び病棟へと足を運んだ。